『富坂だより』 2号
1998年11月

特集: 第1回富坂セミナー
「心の病とその救い」〜家族療法を中心に〜

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Kurt u. Anneliese Kaminski
「エジプトへ逃亡するマリアとヨセフと幼子イエス」


巻頭言

「さえ」と「など」

鈴木 正三


今年10月に島根県益田市で行われた第一回富坂セミナーは、当センターが出版した『心の病いとその救い』を土台に、とりあえずは、その地域と教会に対して、関係者との出会いのセミナーになったと思います。セミナー後のアンケートに、毎年やってほしいとか、全能感という捕え方に学んだとありました。また牧師の研修なのか、教会員対象なのかがあいまいだったとの批判もありました。分けようのない内容の問題はむしろ、心の病いをめぐる問題の重さゆえに、主催者側がたじろいだためでした。こんな自分たちなどに、これほど深刻な問題に対応できるだろらかと。

間もなくクリスマスです。この時期「マリアの賛歌」の言葉はとりわけ胸を打ちます。「この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。」(マタイ1:48)神が二んな自分を「さえ」心にかけて<ださった、とはいったいどんな気持ちを言っているのだろうかと思います。マリアがもし、こんな自分「など」に子供が産まれたって結局大変なだけだと思ったらどうでしょうか。この「さえ」と「など」の心の持ちようの違いは、ですから小さいようで大変大きいと思います。丁度コップに半分入った水を、半分も入っていると感じる人と、半分しか入っていないと感じる人のその後の歩みの相違に似ています。

そんな訳で、私たちは今回のセミナーで出会った問題に、神様はこのような困難な問題に、富坂を「さえ」利用してくださったと感謝しつつ、来年も求められた主旨にそって、第二回のためにいずこの地にか出向きたいと思います。みなさまの上に良きクリスマスを。

(すずきしょうぞう・TCC総主事)




第1回富坂セミナー
「心の病とその救い」〜家族療法を中心に〜
前・益田教会牧師 澄田 亀三郎
    日時:10月4日(日)2時半〜5時(講演と意見交換の時)
     場所:益田市人権センター
     講師:鈴木浩二さん(国際心理教育研究所所長)
     主催:富坂キリスト教センター
     講演:益田市ワーキング・グループ、回復者クラブチューリップ、益田市地域家族会、松が岡病院家族会

ことの発端は、日本基督教団益田教会員で、ご夫妻ともに心の病をもちながらも社会生活に励みつつ、同病の方たちのグルーブを作って活動しておられる方が,「心の病とその救い」を読まれて、いたく感動、直接富坂キリスト教センターに電話をして講師派遣を依頼されたことでした。センターとしても、今年度から地方に出かけてセミナーを開催したい、との希望をもっておられたようで、話がとんとん拍子に決まりました。

まず、10月4日(日)午後、益田市人権センターで市民公開講座。講師は鈴木浩二先生(国際心理教育研究所所長)。家族療法を中心に「心の病とその救い」についてお話を聞き、質疑応答をしました。参加者は52名(内益田教会20名)。家族に「問題」があって、その「問題」を取り除くだけが「家族療法」なのではなく、家族が自分達の在り方を問い、その関係を変えていく中で、当事者のもっている自ら「癒える」を引き出すことこそが「家族療法」なのだということを学ばされました。更に、夜には、2家族の方が個別に鈴木先生に相談する機会を与えられ、喜んでおられました。尚、この市民公開講座は、益田地域の家族会や県の健康福祉センターにも協力して頂き、よい証しの機会ともなりました。

翌5日から1泊2日で、富坂セミナーを開催。

主題は「心の病とその救い」。参加者は13教会より39名(内益田教会17名)でした。益田教会は勿論のこと教団の諸教会、特に山陰の地にあってこのような勉強をする機会に恵まれない私たちにとっては大変よいセミナーでした。

センターから派遣された鈴木正三、山本将信両先生には、それぞれ「神と全能感」、「魂の求心力と遠心力」と題して、示唆に富む発題を頂きました。特に、鈴木先生の「全能感」という言葉は聞き馴れないものでしたが、それだけに、十戒の第一戒の下に立たない精神世界の悲惨さを教えられ、いつの時代にも人間を支え祝福する福音の素晴らしさを再確認させられました。両先生の発題の他に、「牧会現場での取り組み」(基督兄弟団江津教会牧師石橋隆広)、「当事者としての体験とグループ活動」(教団益田教会信徒田中俊司)もあり、夜の分団協議も活発で、教会現場や当事者の悩みがきたんなく出され、その課題の大きさと苦悩を少しでも共有することが出来てよかったと思っています。

反省点としては、島根県西部地方には教会数が少ないこともあって、エキュメニカルな集会にならなかったこと、また、教職中心のセミナーではなく信徒中心になってしまって、セミナーの性格が当初の意図と違ってしまったことを揚げなければならないかもしれません。しかしこれらは、地方の実情を反映してのこととお許しいただきたいと思います。これに懲りず、どしどし地方にお出かけください。

【感想文より】

● 声が聞き取りにくかったためにわかりにくいなという印象でしたが、話の内容はあとからじわじわと理解できました。治療のとらえかたを見直しました。先生の笑顔に支えを感じ、励まされました。

● 私もカウンセラーの立場ですが、家族で、ということはとてもためになりました。また、指導でなく、共同作業というへりくだった姿勢にもう一度学びを深めるという動機となりました。

● 3日間の先生方のお話の中で、障害者と付き合うノー・ハウ、ハウツー等であってはならないということ、人として普通に交わってゆくことの重要なことが良く分かった。…隣人愛の実践は隣人に学ぶ、障害者に学ぶ。ほんとうだと思う。

● 会の設定が中途半端だった。牧師対象なのか、信者さんたちも対象なのかがあいまいなまま会がすすめられたので、参加者は混乱したのではないでしょうか。

『心の病いとその救い』を事前に読ませていただいてセミナーの参加意識が高まった。牧師さんの働きが納得できるよいセミナーであった。個人的に話を聞いていただく時間がもっと組み込まれているとよいと思った。

● 最後にお話された独裁者の精神としての全能感、社会に感応してゆく"観念のナルシズム"が現在の自分の心に残りました。

(すみたかめさぶろう)




研究会活動報告「JPIC研究会
高校生向き読本 『地球のみんなと生きる』
秋山眞兄

1994年9月から開始された「JPIC(正義、平和、被造世界の一体化)研究会」は、ようやく最後の段階を迎えている。

世界教会協議会(WCC)が1983年から開始した「正義、平和、被造世界の一体化」という神学的宣教的かつ運動的な取り組みは、1990年のソウルでの「JPIC会議」で一応のまとめがなされた。しかし、この取り組みは欧米教会中心の傾向が強かったためか、日本の教会の参与は弱く、ソウル会議の報告はなされたものの、継続的な展開はあまり見当たらなかった。ただ、富坂キリスト教センターとNCCアジア資料センター共催の神学生・若手牧師・信徒たちとのセミナーで、ソウル会議メッセージ中の「正義、平和、被造世界の一体性に関する10の確認」を、自分たちの言葉で書き直してみることを試みた。

この試みを受けとめつつ、さらに日本の文脈の中でJPICを継続的に展開すること、その方法としてはかっての「現場の神学」研究会と同様に、専門家による学問的研究ではなく、教会自身の現場で「正義、平和、被造世界の一体化」に関する経験や思索を分かち合うことが、この研究会の設立の目的であった。また、その分かち合いの結果、国内外の教会に発信できる文書などがつくりだせればなお良い、ということであった。

従って研究会は、ソウル会議後のWCCのJPIC関連資料から重要と考えられる2点を翻訳し検討することもしたが、地方の教会の取り組みに学び、その周辺地域の若手牧師と分かち合うことが最初の重要な活動であった。そして、岩手県遠野で「農業」と「環境破壊」について、北海道南部で「アイヌ」と「精神障害者」の自立活動に関する現場訪問と学習合宿を開催した。また、研究会メンバーそれぞれが関わっている現場の報告をして協議することを積み重ねてきた。その結果、子供の社会・文化の激変に直面する中で、JPICで意図されていることを子どもたちに発信することが、この研究会のまとめとしてなすべきことだということでメンバーは一致した。

そこで、昨秋から、ソウル会議の「10の確認」に則しつつ、高校生に向けた12の短い文章を共同執筆して来た。それがこのほど完成し、『地球のみんなと生きる』という題名の小さな本が新教出版社から刊行される。高校の聖書科や教会学校の側読本として、また教会の学習会テキストに使用してもらえればと願っている。そして、この文書を英訳して海外の教会に発信することが、最後に残された課題である。

(あきやまなおえ・JPIC研究会座長、ネグロス・キャンペーン委員会事務局長)




研究会活動報告:もっとジェンダーの視点を
聖心女子大学非常勤講師 井桁 碧

まだ蒸し暑さの去らない、鬱陶しい東京を少し離れて、天城山荘で開かれた「プログラム委員会」に参加しました。私にとって、原稿催促の電話のかかって来ない場所に一晩だけの逃避でもありました。バスが山道に入ると、空気が静まり、心も静まってきます。

近代日本キリスト教女性史(II)研究会」のメンバーのなかから五人、研究主事の荒井さん、天皇制研究非常勤主事でもある片野さん、そして奥田さん、加納さんと私が山荘に到着したのは、二日目の午後三時過ぎ。残念ながら、前日の研究報告、講演などは拝聴できませんでしたけれども、メンバーの自己紹介、「女性史」研究会の活動報告をし、質問を受ける機会もいただきました。また、いくつかの新プロジェクトの提案についての討議に加わり、朴牧師のアメリカ体験のご報告をうかがうことができました。

あのプログラム委員会からすでに二ヶ月近くたちます。つい最近、「責任」ということを本年度の主題にとりあげた倫理学学会に行ってきましたが、実に驚き、呆れるようなことがありました。私の友人は、いわゆる「自由主義史観」などが出てくる、この社会の現状を批判し、元日本軍強制従軍慰安婦の方たちによって問われていること、それに「日本人、女性として応える義務」について発表しました。私には、彼女の発表の趣旨は、「戦争責任」の問題をジェンダー(*1)の視点から考察することの必要性にあると聞こえました。ところが、指定コメンテーター男性は、従軍慰安婦問題を「女性の問題」と把握する始末でしたし、さらに総括討論の場で、司会者団も複数のコメンテーターも、全員男性でしたが、彼らの誰一人として応答せず、<倫理><倫理学>の歴史に<男性>のジェンダー・バイアス(*2)がかかっていることを自覚していることをうかがわせる発言もなかったのです。

心配になってきました。天城山荘で、近代日本キリスト教女性史研究会の活動報告をお聞きになったみなさん、翌日の討論の場で、奥田さんが「ここでの議論にほとんどジェンダー(*3)の視点がない」と指摘されたのを覚えておられますか。まさか、「女性史という設定を<女性の問題>だとお思いになったなんてことはないでしょうね。確かに、私たちは、これまで不可視化され、うもれたままになっているキリスト教徒女性たち、その信仰のあり方を掘り起こそうとしています。ただし、私たちの志は、公認された歴史に付け加えるための「女性史」にはありません。女性を不可視の存在にしてきた<歴史>を組み立てる枠組みを問題にしている、つまり、ジェンダー・バウンド(*4)な視点から編制されてきたにもかかわらず、ジェンダー・フリー(*5)であるとしてきた、そういう視座それ自体を主題化することにもあるのです。みなさんのお耳に届きましたでしょうか。    

    ★筆者の了解の上で編集人が注をつけさせていただきました。
      (*1) 「ジェンダー」と言う考え方は、性が、社会的文化的に構成されていることに気づかずに、性は自然であるという思い込みを切り崩すものです。生物学的「性」(セックス)と社会的性役割(ジェンダー)ともいわれます。
      (*2) ジェンダーによる偏見
      (*3) 同上
      (*4) ジェンダーという偏見に拘束されていること
      (*5) ここではジェンダーという差別があたかもないかのようにすること。
(いげた みどり)



東京で暮らし始めて

薛 恩峰

1998年4月6日、雨。「めったにない引越しの日に、こんな天気になって、ほんまにかなんなあ」と落ち込んでいた私に、送別に来てくれた友人の一人は「雨降って地固まる」と励ましてくれました。その一言で気分が180度変えられた私たち一家は、住み慣れた神戸の地を後にして、夢と希望に満ちあふれる思いで東京へ向かいました。

富坂キリスト教センターは、アジアの教会との交流に関心が高い研究団体です。その静かな落ち着いた環境は、研究者にはもってこいの所です。富坂キリスト教センターの奨学生として、恵まれた環境で念願の博士論文「中国キリスト教現代史研究」に専念できて、心から感謝しております。

東京生活歴はまだ半年の私にとっては、毎日が驚きと発見の連続でした。自宅から自転車で行けるところに、本の町・神田があります。内山書店と東方書店は、中国図書の宝庫です。それから、私の研究に利用度の高い図書館と言えば、国会図書館「アジア資料室」や東洋文庫があります。東京でなければ、簡単に行けない所だけに、行った時の喜びも収穫も大きいものです。東京に来るとは、夢にも思っていなかったことです。東京!さすがは日本の首都で、生活してみて、良かったです。

中国キリスト教の歴史は7世紀の「景教」に遡りますが、キリスト教と中国文化との最初の接触から今日に至るまでの道程は、決して平坦なものではありませんでした。遠い昔の禁教や「教案」と呼ばれている反キリスト教運動などはともかくとして、文化大革命(1966〜1976)間の過激な宗教迫害運動はいまだに記憶に新しいです。キリスト教迫害運動が繰り返されていたにもかかわらず、クリスチャンの数はなお中国の地で増えつつあります。なぜ、そうなったのでしょうか。答えは歴史に求めなければなりません。新中国建国の1949年から今日までの中国大陸教会の足跡を追跡し、その波乱に富んだ50年史を明らかにすることが、私の論文の目指すところです。現代史に関する考察だけに政治判断を含めて難問に悩まされることが多いです。

「人間は異なる言語を使用することにより、母国語の限界を突破することができる」というある学者の説をどこかで読んだことがあります。日本語を使い、日本文化に肌で触れるにつれて、その指摘の意味がよく分かって来ました。いまの私は、何事に関しても比べる習慣をつけてしまいました。癖といいましょうか、日本留学の収穫といいましょうか、とにかく母国のことに対しては、自分の中で常に日本という比較する対象がある故に、どっちの方がより良い方法でやっているかを比較対照してみることによって、その特徴をはっきりととらえることができます。一歩離れた所から母国の歴史を考え、客観的にとらえることも、母国の歴史に対する認識を深めるうえで大変必要なことと思います。私の論文はまだ難産中ですが、この視座に立って、励んで行きたいと思います。

最後になりましが、「富坂奨学金」にご協力くださった皆様に心から御礼申し上げます。私の歩みは皆様のお支えの中にあるということを常に覚えております。謝謝!

(シュエエンフン・富坂奨学金奨学生)




連載・アメリカ報告(2)

 「ベンドル ヒルの生活」 

朴聖ジュン

8月末、フィラデルフィア近郊のペンドル・ヒルというクェーカーの施設に引っ越荷物を運びこんだあと、私は9月2日から4日のプログラム委員会に出席するためしばらく日本に行き、あわただしくまたペンドル・ヒルに帰りました。キルは新しい学校に転校しましたが、それなりによく適応しており、明淑も新しい環境に満足しているようです。

さてこれから、ペンドル・ヒル(米国クェーカーの教育・研究施設で正式の名称はA Quaker Center for Study and Contemplation)での生活をちょっと紹介しましょう。朝7時に起床の鐘が鳴り、7時半に朝食、8時半から朝の礼拝(ここでは morning meeting とよぶ)、12時半昼食、6時半夕食、夜9時15分簡単な黙想の時間で一日が終わります。その間に午前と午後、そして夜の時間に講義と労働とワークショップ、さまざまな講座のプログラムが配置されています。共同体の構成をみると、職員30名余り、学生35名、work scholar 3名、短期滞在者(sojourner とよぶ)10名余り、合わせて80名ほどです。英国、ドイツ、カナダ、中南米のコスタリカ、オーストラリアから来た学生たち(学生と言っても年令は20代から70代まで混じっています)がおり、日本から来られた方も3人おられます。

ペンドル・ヒヒの教育は個人を変化させ(transforming individuals)、彼らを通して社会を変化させることに目的をおいているといわれ、その教育哲学を次の4つにまとめています。

    (1)教育の機会の均等と個人の尊重
    (2)教育および物質的環境の単純性
    (3)内向的行動と外向的行動の調和
    (4)日常的な生活と霊的な求道者としての生活の共同体

はじめはただ resident scholar として暮らしながら、自分の計画にだけ没頭するつもりでしたが、クェーカーの信者たちの深い感受性と人格に接するようになって、彼ら の信仰であるクェーカー主義(“Quakerism”) についての関心が深まりはじめました。

結果として、たいへん忙しく慌ただしい日を送っています。厨房で料理の補助をすることや洗った皿を拭くこと、畑で雑草を抜くことなどは、読書に疲れた頭を休ませるのにちょうどよく、面白さもあります。

ペンドル・ヒルの一日の生活で私がいちばん気に入っているのは、朝の黙想です。祈りをささげるとか黙想をしょうとかいう意識すらしないで、そのまま神さまの前に静かに座っているのです。神の前にありのままに自分をさらけだしています。ただ息をしているのです。雑念が入ってきても心配ありません。眠気がさしたら、眠ればいいのです。川の流れに紙の舟を浮かべて、流れて行くのに任せるように。

これはたぶん、黙想や祈り方としては、最も初歩的な入門の段階かもしれませんが、こんなにもやさしく祈れるというのが、めずらしく、また喜ばしいことにまで思えます。それだけではありません。人が何もしないで(doing nothing)じっとしていてもいいということ、本当にこのような休息を初めて味わうようです。

週に一度ずつニューヨークのユニオン神学校に行って、9月からの学期から開設されたコーン(James Cone)教授の組織神学の講義を聴講し生す。10月初めにはワシントンDCで開かれた US Network for Global Economic Justice 主催の「IMFと世界銀行に反対する市民カンファレンス」に2泊3日で出席しました。

さる10月22目にはフィラデルフィアのカトリック会館で、米国人聴衆に“My life, my faith, and Korean Minjung theology”という題で講演をしました。

Philadelphia Inquirer という地域の日刊新聞にインタビュー記事が写真入りで大きく載るなど民衆神学を紹介する契機になりました。12月にはユニオン神学校の学生たちといっしょにキューバ旅行に行くことになりました。帰路、メキシコに廻ってみるつもりです。それでは、今日はこれぐらいにします。お元気で。

(パクソンジュン・TCC協力主事/翻訳:山口明子)


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