『富坂だより』 3号
1999年7月

特集: 人生の良き旅人として
〜現代世界における霊性と倫理研究会〜

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安部正則
あぶらむの里「諸魂庵」


巻頭言

「天城峠で会った日に」

大貫 隆


富坂キリスト教センターではプログラム委員会を毎年9 月の初めに、これまでは天城山荘を定宿に三泊四日で行ってきた。今年もそのように予定されている。センターでは常時10前後の研究会が活動しているが、理事会メンバーも加えた形の交流の機会は少ない。プログラム委員会はその欠を補って、"夢を語り合う"(佐竹前理事長)ために設けられている。

私は理事の一人としてこれに参加するようになってすでに10年近くになる。毎回実感するのは聞くことの悦楽である。特に外部から招く講師の方々には、センターの目先の活動に直結する、しないを問わない広い視野から主題講演をお願いしている。例えば一昨年は松永勝彦氏(北大水産学部)には、なぜ川の上流の山に木を植えることが河口周辺の漁業のサバイバルにつながるのかを、フルボ酸鉄という、私には初めての言葉をキーワードに、分かりやすく説明していただいた。私がはたと手を打ったのは、氏が言わばついでに言及された細目の一つだった。昔は海岸に迫った山から海へ至るところで流れ込んでいた沢水が、森林の伐採、道路の舗装、側溝整備によって目の前の海から切断され、横へ誘導されて川に集められるようになったため、沢水の流入を失った海岸では植物プランクトンが育たず、魚もいなくなってしまったという話である。その時、私が毎年夏に行く渓流づりでの謎が解けた。沢水が流れ込み、川床の石が黒光りする瀬ではよく釣れるが、青藻のはびこる淀みでは文字通りなす術がないのである。

プログラム委員会ではその他にも、それぞれの研究会から経過報告あるいは結果報告が行われる。新しい企画と研究会の発足についても話し合われる。自然科学、農学、社会学、教育学、女性学などの研究者も交じえ、小規模な異分野交流フォーラムが実現する。人はすべて学ぷことを欲するとは、確かアリストテレスの言であったと思う。教えることも学ぶ内とも言われるが、教壇から喋りながら学ぶのは実際には難しい。「教える」ことにくたびれる時、聞く側に回ることは何と新鮮なことだろうか。学ぶとは何よりもまず聞くことだと思う。センターに関わる一人でも多くの方に天城でお会いしたいと願っている。

(おおぬきたかし・東京大学教授・TCC総務理事)




人生の良き旅人として
現代世界における霊性と倫理研究会合宿− 1999年3月7日−9日  

まだ雪の残る安房峠を超えて、飛騨・国府町にある「あぶらむの里」を訪ねた。昨年発足したばかりの「現代世界における霊性と倫理研究会」(座長:山岡三冶上智大学助教授)は、社会倫理的問題の判断基盤となり、源泉ともなる"霊性"を、倫理との関わりで探求する研究会として発足した。ただ机上の議論だけではなく、現代の中で苦しむ人々と共に生きる"霊性”を生きている現場を訪ねるという趣旨で年に一度合宿を行うことにしたが、今回はその1回目。 「あぶらむの里」は、行く先を定めず、ただ神の約束を信じて旅立ったアブラムのような旅人を癒し支え、援助する場所として、大郷博・育夫妻が、10年前から始めた実践教育の場であり、旅人の宿である。6千坪の敷地には100年前の庄屋屋敷を移して改築した「あぶらむの宿」(この辺のエピソードもおもしろい話がいっぱい!)、300年前のわらぶきの民家をこれも移して改築した「諸魂庵」、裏手には、木工所、庭には、キャンプファイヤー場、林、畑が広がる。どっしりとした品格のある宿からは、無数の人々の生きてきた歴史、真心のこもった息吹が伝わってくる。宿の中も、大郷氏手ずからの木工品があふれ、人の手仕事による空間がこんなにも人を安らがせてくれるものかと思う。居間の中心には大きな薪ストーブがあり、そこを中心に話の輪が自然に広がって行く。そこで話された大郷博氏、大下大圓氏(千光寺住職・「ビハーラ飛騨」代表)の話を紹介しよう。「あぶらむの里」の息吹に包まれて、行く先を知らぬ旅人のように、私達の研究会も旅を続けるのだということを刻まれた合宿だった。

    人生の良き旅人
    大郷 博
    自分の人生の道を探しあぐねて、ホテル学校から大学の社会福祉科へ移り、なお迷っていた時、沖縄のハンセン病療養所・愛楽園を思いきって訪ねました。一ヶ月あまりの滞在でしたが、「何故こんなにしてまで生きられるのか」と、自分の立っている基盤がグラグラするような体験をしました。そして「この療養所の世界は、一回や二回でわかる世界ではない、宝の山だ、他の人と分かち合わねば」と、愛楽園通いが始まりました。

    人生の重荷をこれでもかこれでもかと、負わされてきた人々を奮い立たせている信仰に出会い、自分もまた、同じ信仰を持つようになり、牧師として生きることを決心するようになりました。その中の一人、山城たけさんに言われた言葉が忘れられません。彼女は娘時代、病気のためどこにも行き場がなく、海岸の洞窟で11年も暮らしたことのある人です。「大郷さん、人生、山坂あるよ。転ぶときもあるよ。でもその時は必ず起きあがりなさいね。」死よりも辛い思いをなめてきた人のこの一言。この人々こそ、どんなに打ち倒されても、起きあがって行く、自分の人生を肯定してやまない、人生の良き旅人。「あぶらむ」でやりたいのは、こういう旅人へと若者を育て、助けることなのです。自分は教会は「宿屋」だと思っています。人生の旅で、心身ともに疲れるときがある。その時、旅人に癒しと方向性を与えて行く場所。しかし、これは属していた教会からは教会の課題として認めてもらえず、結局教会を離れて独立してこの「あぶらむの里」を始めることになったのです。愛楽園で出会った人々に、また死んだ父親に恥ずかしい生き方はしたくない、それは本当の自分の課題を負うことだろうという思いが強くあったからです。現実問題としては営利と非営利の狭間で苦しんでいますが、アジアや日本の若者を育てるプログラム、環境や農業に関わるプログラム等を育て、必要なものを必要なところへ返してゆきたいと思っています。(おうごう ひろし・談)


    いのちに寄りそう

    大下 大圓
    仏教的なホスピス活動としての「ビハーラ飛騨」で、従来の寺の活動とは少し違う、生と死に立ち会う活動をしています。この活動を通じて、人間の奥にあるスピリチャルなものを探求していきたいと思っています。

    一つの事例をお話しましよう。 I さんは、事故によって脳への血流が悪く、全身が動かず眼球のみが動くという重い障害をもって医療的なケアを余儀なくされている方でした。

    初めて会ったとき、すでに13年間寝たきりで、タンを自分で取れないので、30分に一度位の間隔で看護婦さんから管を入れて取ってもらったり、下の世話をしてもらう状態で他者との出会いは殆どありませんでした。少しずつ関わって行くうちに、"イエス、ノー”そして、文字盤で徐々に話ができるようになってきました。心の内側を他人に話すことは殆どできなかったこの人から、はじめて出てきた言葉は、「死にたい」でした。僧侶としてこの言葉にどう応えたら良いのか、悩み悩んだ末、答えなど出さなくても、ただ思いを受け止めようと、 I さんに思いきってたずねました。「どうして死にたいの?」 I さんは心の内を話し始め、回を重ねるにつれ、「解決はしないが、楽になった」と語ってくれるようになりました。

    ある日 I さんが発した「生のコンサートを聞きたい」という言葉に、病院スタッフやボランティアが動いて合唱コンサートが病院で実現しました。これが大好評。患者さん、合唱団の人が共に学び合い、高めあう機会となり、継続してこのコンサートは開かれるようになりました。 I さんは、自分の発言が皆を動かし、良い実を結んだことを目の当たりにし、自分の存在も意味があるかもしれない、と思うようになりました。そして遂に、長年の望みであった家に一日だけ帰ることを実現し、「生きていて良かった」と語ってくれるようになったのです。いのちに寄添ってゆくことで、「死にたい」と言っていた人が、「生きてて良かった」というところまで意識が変容されていった。私に、 I さんが教えてくれたことは、人の持っている本来的なエネルギーを引き出し、交流しあい、お互いが共に高めあって行くことが関わりとして最も重要なことであって、押し付けのケアであってはならないということでした。変容意識の可能性は、患者だけでなく、関わる側にも訪れるのです。(おおした だいえん・談)

現代世界における霊性と倫理研究会」の出版物
→ 『現代における霊性と倫理 ―宗教の根底にあるもの―』(行路社 2005年)

(文責 担当主事 石井智恵美)




研究会活動報告T 「自然・科学技術・人間 U」研究会
科学技術とキリスト教』の発刊にあたって
恵泉女学園大学教授 古谷 圭一

1992年からスタートした「自然・科学技術・人間U」の報告書である『科学技術とキリスト教(仮題)』は本年9月にようやく新教出版社から出版される予定である。私たちの身近にきわめて数多くの科学技術と直接関連する問題が次々と生じてきており、この課題の緊急性は非常に高いにもかかわらず、われわれの信仰はどのような問いかけの中に置かれているのかについて取りまとめるのは極めて大変であった。書き上げた論文が原稿のままで次々に起こるニュースの中で古くなり、再度構想から書き直したり、難しい表現を全面的にやさしく直したり、また、直接内容にかかわる当事者に表現の了承を得ながら取材執筆したりしてようやくここまでにこぎつけることができた。

本書では、まず始めに、総体としての科学技術が現代の人間に与えているインパクトを、安田治夫が文化史的立場から、また、古谷圭一が多情報社会の生理的反応として問題を提出する。次に、その進歩が著しい現代の遺伝子技術について専門である谷村禎一が信仰的問いかけの整理を行い、同性愛につながる遺伝子構造の存在に関連してこの問題を信仰上の福音的課題として上山修平が取り上げた。次の中島(家田)貴子の論文は科学技術の悪影響を個人としてその身に受けたあるキリスト者農学者の信仰的行き方を紹介し、単なる主張ではない視点を提出している。最後のセクションは神学的論文で、今井尚生がティリッヒの立場からの科学技術的視点と宗教の視点の関係を整理し、また、細川道弘・古谷論文はカール・バルトの「創造論−被造物の光」の紹介で、従来の科学技術に関心がないと思われていたバルトの科学技術のもつ被造物の光性というポジティブな側面を紹介している。

本書の編集中に特に強く意識させられたのは、執筆編集期間の間に報道される科学技術に関連する話題が、人間にとっても社会にとっても驚くほど多量であったことである。WCCソウル会議から始まり、サリン事件を経て最近の脳死移植問題まで、そのたびに執筆者の誰もが自分の原稿の書き換えを迫られているような切迫感につきまとわれた。それだけわれわれの取り上げている課題が現在のキリスト教に問われ続けていることをまさに実感として感じてきたのである。その点で、これに続く新い研究会の企画がこの遺産を受け継ぎ、さらに展開させて行ってほしいと願っている。

(ふるやけいいち・「自然科学」研究会 座長)




研究会活動報告T 「5カ国プロジェクト」研究会
− 5カ国による「宗教と文化」フォーラム開催−
鈴木 正三

韓国、朝鮮(交渉中)、中国、ロシア、日本の5ヶ国のキリスト者、歌手、文芸評論家などの異色のメンバーが集い、今年10月19日(火)と20日(水)の2日間、韓国はソウルのキリスト教百周年記念館で「宗教と文化」をめぐるフォーラムを開催いたします。みなさまの積極的なご参加を期待しています。

今回は、東アジアというとてつもなく広い地域で育まれてきた「宗教と文化」の出会いとその意味を、このような「キリスト教と歌」という限定された枠内で演じつつ話し合って行きたいと考えています。それによって政治の局面で行き詰まりを感じている東アジアの平和への連帯を、政治家に任せるのではなく、わたしたち民衆の一部が別の角度から自分たちの力で実現していきたいと思うのです。

今回の企画は突然生まれてきたものではなく、長い歴史を持っています。その発端は1985年に始まった韓国神学研究所と富坂キリスト教センターの合同研究会、民衆神学研究会です。これが発展して1992年からロシア、中国、韓国、朝鮮、日本の専門家が集い、東アジアに平和への連帯のどのような可能性があったか、あるか、あるだろうか、という過去、現在そして未来を望み見た東アジア国際学術討論会を、東京(1992)、上海(1994)そして韓国の天安 (1996)と積み上げてきました。今回の「宗教と文化」フォーラムの最初の発案者は今は亡き韓国神学研究所所長の安炳茂先生でした。ですから、今回の企画は安先生の遺言でもあります。

このフォーラムの主催者は韓国の韓国神学研究所(現在はアウネ財団の中に入っている)と富坂キリスト教センターです。これまでは5ヶ国の専門家同士の討論会という意味合いが強かったのですが、今回は韓国国内からはもちろんのこと、日本からもテーマに関心のある方々に参加していただこうと思います。ロシアや中国、そして交渉がうまく行けば朝鮮からも来られるかたがたと、圧政の下に殺されていった人々を思う追悼式において祈りを共にし、宗教と文化について親しく話し合い、共に歌を聞き、21世紀に向いたいと考えています。日本からは沖縄の平良修牧師とあの「花」を作詞・作曲し、歌う喜納昌吉さんが参加して歌って下さいます。ご存知と思いますが、おそらく、この「花」が戦後50数年を経て、日本文化として韓国で公けに演奏される最初の歌となるでしょう。

(すずきしょうぞう・TCC総主事)

関連記事 →  ソウル・宗教と文化フォーラム 〜ロシア・中国・韓国・日本の理解と連帯に向けて〜(『富坂だより』4号)



【書 評】工夫していこう!
〜『
地球のみんなと生きる』(富坂キリスト教センター「JPIC」研究会編)をめぐって〜

恵泉学園教諭 佐々木 迪淳

現代を生きる?といわれても困るのは大人。とっさに何が言えるというのだろう。とりあえず答えを用意してなくては先に進めようもない。それほど、よのなか忙しくセカセカしている。ぼくも毎日中学校で高等学校で苦労している。いやホントウのところ毎日を生きることで苦労しているから、何も考えないようにしているからそうなっているのだとも思う。セカセカはいけないよ!と言ってみたところで、何がどうなるのだろうか。ほとんど回りはセカセカしている。意図的に生きていけるはずなのにどうして回りに翻弄されてしまうのだろう。不思議だ。きっと何かあたらしいものが始まろうとしているのだろう。そう考えると少し楽になってくるようだ。

ぼくは時々生徒とビデオ録画でNHKのETV特集などを見ることがある。かなりよくできていると思う。本で説明するより断然、効果的である。それに勝てるか、これがこの本に対してぼくの求めた水準であった。テレビという映像をつうじて鮮明に伝わってくるメッセージは果たしてそれでいいのだろうか?ごく少数の生徒が、何か変、と応じてくる時にぼくはほっとする。救われた気分になる時がある。色々感じ方は違っていいよ、そんなコメントを感想文の余白にぼくは紺色のペン(赤ではなくて)書き込んだりする。

各部の終わりにある参考文献などはどんな風に使われるだろうか。ここが世代を超えた対話が生まれる可能性の場だろう。啓蒙したい!という思いを極力おさえて、なおかつ啓蒙は必要だという綱渡りを歩んでいるこの書物の空気はたしかに伝わってくる。ことばは押さえたほうが良いに決まっている。でも、ことばを放棄するわけにはいかない。未来の子どもたちはきっと工夫して面白い曙光を、世界を造っていくにちがいない。でもその時、地球という文脈、歴史の流れという文脈を忘れてはいけないのだと思う。なぜならば、日本の子どもたちや日本的社会の事情のみから発想するやりかたではもう何も生まれてはこないと思うからである。短い文章、面白いこと、行動的であること、こんな要素を生かしてさらに語り継がれること、生き継がれることを願い、著者達にもエールを送りたいと思う。

(ささき みちなお)




連載・アメリカ報告(3)

 「先住民との出会い」 

朴 聖ジュン

この間皆さんお元気でいらっしゃいますか? はじめ2年の予定だった私のアメリカ留学を1年延長するよう支援してくださったことに深く感謝の意を表したいと思います。昨年12月NY市内で交通事故にあい、しばらく休養しなければならなくなり、ユニオン神学校の学生達と共に行こうとしていたキューバ旅行に参加できなくなってしまいました。学生達の報告及び評価の集まりに出かけたら、"人間の顔をした社会主義がキューバに実在した”という見解が大多数でした。行けなかったことは本当に残念で、アメリカにいる間、必ず一度行かねばならないと思っています。

少し前に、ボストンに行き帰ってくる途中、ケンタッキ一州のフォックスウッドというところのアメリカ先住民のペクイット族のレザベーション博物館が新しく開かれ、そこに立ち寄りました。アメリカ生活中、一番印象深く、永遠に忘れることのできないものにここで出会いました。自然と調和した心と人々の純潔な生の営みがここにありました。幼い頃に立ち寄った隣村のように、すべてのものがきわめて親しく感じられました。肌の色、顔の表情が私達とまったく同じおじさん、おばさん、姉妹、兄弟にここで出会いました。その日以降、私はアメリカの地を踏んでから白人の前で気後れすることがなくなりました。

アメリカに来て、2年近くになり、最近になって英語が少しましになったようです。これから残りの1年余の間、本当に皆さんの声援に応えられるように力を尽くしたいと思います。皆様本当にありがとうございます。

(パクソンジュン・TCC協力主事/翻訳:石井智恵美)




中国代表団を迎えて  

薛 恩峰

中国には、「歳月人を待たず」(盛年不重来、一日難再晨、及時当勉励、歳月不待人)という詩があります。東京に来てから、早くも1年が過ぎてしまいました。2年間で博士論文を完成する計画ですが、今はただ「歳月人を待たず」を忘れないように、悪戦苦闘の日々を過ごしております。

最近、私には嬉しいことが二つありました。一つぱ知り合いの早稲田大学の教授のご紹介で、大学の図書館を利用できるようになったこと。もう一つは4月 15日一22日まで、NCCの招きで来日した中国基督教協会(CCC)訪日代表団の通訳を勤めたことです。代表団は大阪、京都、名古屋、東京の各都市でキリスト教関係諸団体・神学校・出版販売協会・福祉施設を訪問しました。CCC代表団が来日するのは、1984年以来15年、ぶりで2度目でした。文化大革命後、CCCとNCCとの公式の交流が始まったのは、1983年でした。「15年ぶりという歳月は、両国の協会の交流にとっては長すぎました」とCCCの韓文藻会長は両国教会の交流が今後いっそう盛んに行われていく必要性を訴えておられました。

私は1週間朝から晩まで代表団と一緒に過ごす中、「両国のキリスト者の思いを正確に伝える」ことの重要性をいつも念頭において通訳に努めました。最後の晩の訪日団歓送会で、訪日団のメンバーが述べられた感想を通訳して行くうちに、私の心の内は感動と喜びで満たされました。「今回の訪問は21世紀に向けての両国教会の新しい出発点となる」と強く感じ取ったからでした。中国と日本の教会の掛け橋となる使命をこのような形で果たすことができたことは私にとっては、熱い涙を流すほどの喜びでした。



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