『富坂だより』 17号
2006年6月

特集:東アジアと日本国憲法

【目 次】

PDFファイル(ダウンロード)
(右クリックで保存してください)

郵送をご希望の方はこちらまで




合同牧師研修の講師として来日するクラッパート教授



巻頭言

牧師研修会への期待

牧野 信次

 去る4月3日(月)に私の同労者・同志であった若き友、大庭昭博氏(日本基督教団牧師、青山学院大学教授)が卒然と逝去した。暗然とした思いを、私は未だに消すことができない。彼はこれからなすべき多くの仕事をし残したまま逝ってしまった。富坂キリスト教センターとの関係では、2003年度から始まった牧師研修の企画委員の一人として、池田伯氏(牧師研修企画委員会委員長)や鈴木正三総主事と協力して自らも研修会に参加し、助力を惜しまなかった。私は彼から屡々牧師研修の様子を伺い、それに期待するところが大きかった。彼は大学に籍を置きながら、新約学と社会倫理を研究課題とし、学際研究を地道に押し進めて、その成果を表しつつあった。また同時に牧師としての自覚を深く堅持して、牧師研修に参画し、協力しようとの志を持っていた。彼が遺したほぼ最後の文章が『「断片」の霊性 − 関田寛雄先生への感謝と応答−』であり、言い知れぬ感動を覚えさせられる。彼の仕事も生涯もまさに「断片」であり、いわば未完のトルソであるが、全体性を見通すものであるが故に、問いかけるものがあると思う。

牧師研修プロジェクトは、八甲田、鹿児島、松山の3箇所での研修会を重ねてきており、そのテーマは一貫して「主を畏れる」ことで、牧師の基本姿勢を研修することを目的とする。黙想、聖書の学び、分かち合い等を内容とする4泊5日のスケジュールである。これらの牧師研修のまとめとして、「富坂キリスト教センター2006合同牧師研修」が計画されている。講師にベルトルト・クラッパート教授(ヴッパータール神学大学)をお招きし、「新約と旧約の関係」をテーマに、富士箱根ランド(神奈川県箱根)を会場とする。研修の形式は講演・グループ討議、自由 課題・個別対話、牧会対話とし、内容のある充実した牧師研修が期待される。私自身も牧師研修は日本の教会の急務の課題であると、自らの経験を通して考えている。 

(まきのしんじ・TCC財務理事)




思想と現実を切り結ばせる研究を求めて

飯島 信


 初めに、二つの文章を紹介したい。一つは、70年代、靖国神社国営化反対闘争の中で入手した「天皇と祖国に訴ふ ― 日本の平和を願ふ!民族の良心に訴ふ!」と題された小冊子の中の一文である。あと一つは、『きけ わだつみのこえ ― 日本戦没学生の手記』(光文社)の中の一文である。これらの文章は、 平和憲法を護る運動に取り組む際の私の原点となっている。

【遺 言】 靖国神社と天皇陛下様

    銃殺刑を前に遠く祖国の皆さんに訴ふ。
    靖国は、侵略戦争を反省、各国にお詫びする神社にして下さい。
    「英霊」「勲章」は拒否します。
    戦争で日本軍は大変に悪いことをした。
    私達に殺された遺族の皆様に申訳ない。
    「聖戦」ではなく、侵略であります。
    天皇陛下も侵略を各国にお詫びして下さい。お詫びは恥でなく、日本の良心です。
    日本はかつてのドイツにならぬよう二度と武器を持たないで下さい。
    国民党蒋介石軍の戦犯処刑の実体を帰国者から知って下さい。
    岡村寧次総司令官などの戦争責任者や石井細菌戦部隊こそ厳重に処罰して下さい。
    吾身をつねり殺される立場になって、その痛さを知りました。朝鮮民族の伊藤博文に対する憎しみも日本に対する怒りもわかりました。
    祖国日本の平和と良心は民族の反省なくしては得られません。
    私達は日本軍の罪を背負って銃殺されてゆきます。
    "蜂となり 吾もゆきみん 靖国の 花は平和に 咲きにほう日に"

於 昭21(1946)年夏 北京国民党第11戦区(蒋介石)草嵐子監獄
国民党蒋介石側軍事法廷 昭22年12月4日 戦犯死刑執行・靖国神社合祀元憲兵准尉 高貝 勝(明42年5月25日生)
国民党蒋介石側軍事法廷 昭22年1月15日 戦犯死刑執行・靖国神社合祀 元華北電々大興県分所長 高橋久雄(明22年11月25日生)


【日 記】 昭18(1943)年10月8日

    私はかぎりなく祖国を愛する
    けれど
    愛すべき祖国を私は持たない
    深淵をのぞいた魂にとっては・・・

中村 勇 東京物理学校(現東京理科大)学生。昭19(1944)年4月、ニューギニヤ・ホーランジアにて戦死。21歳。

戦犯として処刑されていった元皇軍兵士にしても、あるいは年若くして不条理な死を強いられていった戦没学徒にしても、彼らが自らの人生を振り返った時、そこには共通する思いがあったはずである。それは、日本は決して戦争を繰り返してはならないとの思いである。しかし、敗戦後わずか半世紀にして、この国に何が起きているのか。聞こえてくるのは、憲法を変え、戦争の出来る国になろうとする人々の声高な掛け声である。あらためて指摘するまでもなく、教育現場ではすでにそのための地ならしが始まっている。教職員・児童・生徒に対する「日の丸・君が代」の強制と、従わない者に対する大量の処分もその一つである。

そして、小泉首相のたび重なる靖国神社参拝を通し、あるいは又有事法制による「業務従事命令」や「物資保管命令」などによって、平和を尊び、戦争を拒否する人々の「思想・良心・信教の自由」に制限が加えられ始めようとしている。

本研究会では、基本的人権の根幹をなす「思想・良心・信教の自由」を、憲法の視点からだけではなく、これらの自由の歴史的背景などを考えながら、神学的・哲学的に研究したいと願っている。そして、何よりも研究の成果が、「思想・良心・信教の自由」のために現場で闘っている人々や、「平和を実現する者」として働く人々にとって意味あるものとなることを願っている。

以下、これまで行った研究会の日時と主題、参加者数を記したい(括弧内は報告者)。

    @2004年05月22日【13名】 「君が代」ピアノ伴奏拒否処分撤回裁判「陳述書」について(大津健一)
    A2004年07月17日【19名】 「君が代」ピアノ伴奏拒否処分撤回裁判「東京高裁判決」について(吉峯啓晴、高橋拓也)
    B2004年08月05日【16名】 佐藤裁判に関する報告メモ(中川 明)
    C2004年09月18日【15名】 10・23通達後の東京都の「日の丸・君が代」強制の持つ問題点について(加藤文也)
    D2004年11月20日【9名】 良心の自由 ― 現在・過去・未来(西原博史)
    E2005年03月19日【18名】 新国立追悼施設は「第二の靖国」か?(高橋哲哉)
    F2005年05月20日【11名】 即位の礼・大嘗祭訴訟 ― 国家神道と天皇制をめぐって(中西一裕)
    G2005年07月11日【11名】 日本の防衛政策と「防衛計画の大綱」(小林誠一)
    H2005年08月04日【15名】 指紋押捺拒否と良心の自由(ビセンテ・ボネット、崔 善愛)
    I2005年10月01日【10名】 2005年「保守革命」選挙と日本の政治(岡本厚)
    J2006年01月13日【15名】 天皇制の現在的課題(横田耕一)
    K2006年04月07日【14名】 良心の自由の意義(笹川紀勝)

この春、研究会に所属するメンバーが起こしている二つの裁判が結審し、新たに一つの裁判が提訴された。結審したのは345人の原告、44人の弁護団による「国歌斉唱義務不存在確認等請求訴訟」と「ピースリボン」裁判であり、新たに提訴されたのは「もの言える自由」裁判である。それぞれの内容を紹介する余裕はないが、この中の「ピースリボン」裁判の結審において原告側代理人によって読まれた最終準備書面での原告の思いを紹介し、本研究会の報告を終わりたい。

「私が今対峙している『君が代』は、私を苦しめ続け、多くの人に恐怖や悲しみの思いを引き起こし、私は生きる希望を失って死さえ考えました。『君が代』は音楽ではありません。(今は亡き)母は私が裁判を続けることを理解できなかったと思います。私は母の分も法廷で伝えたい。音楽は人の心に生きる喜びを与えてくれるものであり、人がその人として生きることの証しであり、表現です。私たちの心に生きるために必要な自由な表現を取り戻させてください」。

(いいじままこと・思想・良心・信教の自由研究会主事)




【書評】
『この国に思想・良心・信教の自由はあるのですか』
いのちのことば社(2005年3月) 159頁

崔 善愛

かねてから私は、はたしてこの国に思想を持つ人はどれほどいるのだろうかという疑問を持っている。思想を持たないことが、この国で生き残るための知恵なのかと思わされるほどである。物陰で意見をいっても、公の場では言わない、抵抗しない、その方が賢いという信条が人々の心を覆っている。このような人々は、ヒトラー政権に立ち向かい、命を落とすまでに抵抗した21歳の女性ゾフィーのような生き方を、どのように受け止めるだろうか。こんなことを思いながら、私はこの本を開いた。

はじめに「日本における自由と民主主義への道」という座談会。教会・キリスト者の在り様を鋭く問い続ける鈴木正三氏は、ボンヘッファーが参加したドイツ告白教会の抵抗運動がどのようにナチスに迫害され、壊滅状態にされたのかをひもとく。特にボンヘッファーが1944年獄中で書いた「旧約聖書の第一戒注解」の中に「日本のキリスト教会が天皇礼拝をすることについて」触れていることを指摘する。ボンヘッファーは、獄中にありながら、日本のキリスト者にとって天皇という皇帝崇拝は偶像礼拝であることを見逃さず、そのことを危惧していたことは衝撃だった。

「日本がナショナリスティックになれば、アジア諸国もナショナリスティックになっていく」と憂う池明観氏は、「韓国・中国・日本というアジア3国の間に平和的関係が存在しない限り自分たちの生存はありえない」と切実に訴える。その言葉には、苦渋の日々を幾たびも越えた深い慈しみと寛容が満ちている。

「憲法9条の闘いはアジアと一緒に」と励ます池氏は大津健一氏に「韓国の教会の力を借りなさい」と連帯をうながし、大津氏はこれまでこの言葉に導かれさまざまな運動の輪を広げてきたという。

天皇の戦争責任を問うことをタブーとするこの国で、「私が地金といっているものは、つきつめてゆくと天皇制なのです」と潔く発言できる高橋哲哉氏のような学者は、そう多くはない。小泉的自国賛美の思想が継承されてゆくと、私達の子どもは、靖国神社に合祀されそうな勢いだ。だからこそ、今どうしても靖国神社とは何なのかを知っておきたい。靖国神社を知り尽くす辻子実氏は、今注目の人である。彼の靖国探訪が興味深い。

ところで朴軍事独裁政権下で民主化を叫ぶ多くの人々が投獄されたのは、たった30年前のことである。私は中学生だった。韓国の人々が流した血によって民主主義は今さまざまに開花し、日本からながめるとまぶしく感じる。飯島信氏の出会ったオモニたちの祈りが、今日の韓国の輝きを導いたものだ。獄中に捕らえられ、息子の死刑を前にしたオモニたちの祈りは、わが子イサクを生けにえとして捧げるモーセの祈りと重なる。信仰を貫くためにわが子をも神にゆだねるというオモニたちの祈りに圧倒された。ここで日本のキリスト教会は、戦中戦後、どうしていたのか、と思ってしまう。ホーリネス教会の戦争責任告白に至るまでの過程を記したクリスチャン新聞・根田祥一氏の提起するものは、日本の戦争責任告白をもう一度私たちが確認しようとよびかける。そして音楽教師・池田幹子さんの現在進行形の証言は、私たちが目の前の試練を引き受ける者となれるのか考えさせられる。最後にボネット神父の「法を超えた法」という定義に、原点を見失わないことを投げかけられた。私たちは、国益重視の正義という国家の法ではなく、「良心」という国家を超えた「法」を胸に刻みたい。

今こそこの国で、思想・良心が芽生え育まれることを願わずにはいられない。また、人権を奪われたとき初めて人はその尊厳に目覚めると信じたい。

(ちぇそんえ・ピアニスト)




松山牧師研修の報告―「主を畏れ」

松山城北教会伝道師  広瀬 満和

 愛媛県の伊予灘沿いにある夕陽の美しい町、伊予市双海町で、去る2月20日から5日間、四国で初めての牧師研修会が行われました。昨年の鹿児島研修を引き継ぐ形で、松山市内の牧師が中心となって委員会を立ち上げましたので「松山研修会」と名付けての開催となりました。

会場は「ふたみ潮風ふれあいの館」、北は青森、南は鹿児島から20名の参加者が集い、充実した学びと交わりの時が与えられました。

主題は、これまでの八甲田研修や鹿児島研修を踏襲して「主を畏れる」とし、副題を「山上の説教に聴く」としました。毎日午前中のセッションで、この主題についての学びを行いました。マタイによる福音書5章1〜12節をテキストに計3人の参加者から発題を受け、その後活発に意見が交わされました。

2日目の午後は、総主事の鈴木正三氏より「小事に忠」をテーマに講演して頂きました。氏はまず、2001年に当牧師研修を企画した際に「主を畏れることは『小事に忠』なることから始まることを学ぶ」ことを本研修の基本姿勢としたことを説明、ルカによる福音書16章10節、マタイによる福音書25章21節を引いてその真意について語られました。また自身が関わっておられる山谷兄弟の家伝道所の例を紹介され、最後に「イエス・キリストが聖書を通してわれわれに今、教えてくださることは、すでにわれわれはキリストの恵みの内に生きているのだから、その生きている喜びを相手の中に見つけていこう、ということではないか」と締めくくられました。

「地域の学び」は、2セッション行いました。3日目の夜には松山城東教会員で地域研究家の野本陽二氏をお招きし、16世紀に瀬戸内海で活躍した村上水軍についてお話を伺いました。流通路としての瀬戸内海の性質、村上三島水軍が組織される過程から解体へと至るまでの歴史的存在意義について、スライドを映しながら話して頂きました。また4日目の午後は、大洲城、内子の町並みをフィールドワークし、夕食には内子の郷土料理に舌鼓を打ちました。

これまでの研修会にはなかった新しい試みとして、3日目の午後、牧師のパートナーによる発題と交流を行いました。5名のパートナーをお招きし、昼食を共にしながら交流の時を持ったあと、牧師のパートナーとしての苦労や喜びについて、具体的な事例を通して話して頂きました。

参加者からは「教団は紛争以降、教師たちがなかなか付き合うことがなかった。富坂の方の大きい幻をみたように思う」「地域の学びを通して、全然知らない四国にかなり触れることができたのが、予想の超えた喜びだった」「まだ経験が浅いので、教えていただく時が多いが、聞いてもらえる、同等の立場で話せるという機会が与えられたことがありがたかった」などの感想が寄せられました。

一連の牧師研修会は今回で一区切りを付けられるそうだが、このような研修会が今後ますます盛んに行われることを願っています。 

(ひろせみつかず・松山研修会主事)





2006年度総合牧師研修の予告

 鈴木 正三

2003年度から始まった牧師研修プロジェクトは、八甲田牧師研修、鹿児島牧師研修、松山牧師研修と研修会を重ねてきました。そのテーマは一貫して「主を畏れること」でした。牧師の基本姿勢を研修するためであります。

今回、これら牧師研修のまとめとして、2006年8月に合同牧師研修を計画しました。そのテーマを「新約と旧約の関係」としました。「主を畏れる」ことを研修する土俵は聖書であります。その聖書は新約と旧約から成り立っています。しかし、この関係を正しく把握しないと聖書を正しく読むことが出来ません。そこで、現代ドイツ神学者の中でも、この分野で最も信頼されているひとり、クラッパート教授をお招きして、合同牧師研修会を企画しました。全国各地の牧師諸氏の御参加を心からお待ちします。

講師のクラッパート先生は「しょ、しょ、しょじょじー、しょじょじの庭はー、つ、つ、つきよ・・・」と歌いだすドイツ人神学者なのです。そんな神学者はほかに誰もいないでしょう。このように、子供時代、インドネシヤでそんな歌を覚えるという特殊な体験を持った、とても人なつっこく、親しみやすい学者です。すでに2回も来日しています。そして『和解と希望』と題する論文集も新教出版社から出版されています。旧約学者として教壇に立ち、その後バルト神学に立脚した教義学者として、ヴッパータール神学大学で多くの神学生や牧師たちの養成に関わってきました。そこで、きわめて具体的な説教、聖餐式、牧会などの問題も身近に聞くことが出来ると思います。 (すずきしょうぞう・TCC総主事代行)

    日時: 2006年8月28日(月)−31日(木)
    場所: 神奈川県箱根 富士箱根ランド

    講師: べルトルト・クラッパート教授
    テーマ:「新約と旧約の関係」
    テキスト:

      @ 創世記12章―22章
      A 十戒
      B エレミヤ書31章
      (以上のテキストの中からひとつ、参加者はあらかじめレポートを準備してくる。)
    研修会形式:    
      @ 講演・グループ討議
      A 自由課題・個別対話
      B 牧会対話 参加定員: 約40名

    参加方式: 上記牧師研修参加者、各教区推薦者、自費参加者、いずれの場合も費用が異なりますので、参加ご希望の方は富坂キリスト教センターにご連絡ください。






シリーズ「ドイツから直行便で」@

キリスト教とサッカー
ゾンターク・ミラ


 スポーツと宗教との緊密な関係が古代日本には無論、現代では新宗教団体によく見られる。それらは、既成宗教より大衆文化を眼中に留めるからである。ドイツ人の神父がローマ教皇に選ばれた直後、世界のカトリック信者の若者たちがケルンの世界青年会に集まった2005年に続いて、サッカーのW杯のおかげで、ドイツは今年も全世界の注意を引くようになった。

実は、サッカーのW杯はドイツのキリスト教会にとって非常に現実的な問題と共に課題でもある。ドイツのクリスチャンは史上最高と言える程にサッカーに興味を示し、W杯を教会の活動に関係させる努力をしている。その背景には、両者が同様な挑戦に直面していることがある。つまり、サッカー団体も教会も、安息日の保持を目指し、後進の育成に困っており、ボランティア活動に頼り、公正と正義を論じつつある。教会の聖職者たちは、サッカーを人種や階級の坩堝として評価している。サッカーは、「人生と宗教の喩え」であり、人生のドラマを90分の短い時間に濃縮して「命の喜び」を表していると。宗教的な儀式に絡んでいるサッカーに対する情熱に「聖なるもの」への憧れが潜在しているようにみえる。クリスチャンはサッカー選手と同様に体と魂が一致した人間像だけではなく、同じ「命の喜び」も持っていると。そして、サッカーのW杯をきっかけに推進される異文化理解は、キリスト教の聖霊降臨祭の一つの原点でもある。(W杯のスタートと聖霊降臨祭はほぼ同じ時期にある。)

イギリスで「発見された」ばかりのサッカーは教会の中でされた。ドイツにもキリスト教会に創設されたサッカー・チームがある。しかし、大衆のスポーツとしてサッカーはヒトラー時代に国民の統制に使用された。当時のドイツ・サッカー・協会(DFB)が内発的にヒトラーを応援したことは、つい最近に露呈されたが、カール・バルトを初め、戦後のプロテスタント知識人はサッカーに対して強い違和感を抱いた。やっと80年代から教会は様々な形でスポーツとの関係をやり直すことに至った。1990年、ドイツ福音教会(EKD)は、サッカーの基礎倫理を論じる覚書も作成した。現在はEKDにはスポーツ担当やW杯牧師などが任命されている。しかし、このDFBとEKDの歩み寄りの過程において、過去の清算は明らかに重要な課題である。つまり、1978年、政変直後軍隊に支配されたアルゼンチンでW杯が行われた時、EKDは軍隊独裁に対する排斥運動を発足するつもりだったが、結局DFBの切なる懇願に応じて排斥運動の計画をやめて、独裁者への敬礼だけを避けるように頼んだ。

現在に戻って言うと、ドイツの諸教派は様々な活動でW杯を応援している。「世界が友達のお家に来ている」というW杯の標語は、教会にとっても意義深い。この評語に倣って、カトリック教会はその施設をW杯の観光客に開放し、宿泊の他に教会見学のツアーも準備し、超宗派的礼拝および告解やカウンセリングなどを国語で提供している。プロテスタントの方は、W杯の放送権を持つ会社と特別契約を結んで、EKDの全教会の中で、W杯の試合の無料放送が許された。試合を共同で、また教会の中で見ることを通して、新しい人を教会に触れさせようとしている。しかし、サッカーをきっかけに人にキリスト教を勧めると共に、キリスト者の立場からサッカー・ファンやDFBなどに人間の社会的責任を自覚させるのも一つの目的である。青少年向けのプログラムにおいて、人間関係のフェアを商売関係にも広げ、Fairplay−Fairlifeというキャンペーンをもって、第三世界の貧しい生産者をメーカー販売と地元給料基準を倍にした値段で応援するTransFairという団体の活動を援助する。また、W杯のようなイべントに伴う強制的売春の勃発と戦って、客の良心に呼びかける。教会がこうした活動をもってサッカーに従事していることは、ある聖職者の言葉によると「日曜の説教と同様に福音を近代人の生活の場と結びつけることを狙っている」。

(TCC研究主事)




シリーズ ひと・ひと・ひとI
  Lutz Drescherさん

富坂とドイツとの歴史上の繋がりは、十分知られてきたと思うが、兎に角、富坂キリスト教センターは、財団法人イースト・エイジャ・ミッションの敷地に置かれている。この財団法人の一部を代表するドイツ東アジアミッション(DOAM) は、富坂においてそのコーワーカー(協力者)を通してその存在が認められた。しかし、実際にはDOAMは1972年にドイツ福音主義教会南西宣教局(EMS)のメンバーになって、DOAMの課題と運営はEMSに担われるようになった。120年の歴史を持つDOAMと比べれば、EMSは日本においてあまり知られていないことは事実である。とはいえ、EMSの関係者の来日が最近増えて、それによってEMSと日本のキリスト教界との繋がりも強められている。

2005 年4月の富坂キリスト教センター30周年記念会にご出席の方は、ドイツからお祝いに駆けつけて下さったEMS・南インド・アジア幹事のルツ・ドレッシャーさんを覚えておられるだろう。彼は、今年の4月末再来日した。その時、ドレッシャーさんのTCCに対する期待と希望を伺った。

ドレッシャーさんは、もともと癲癇患者の施設において障害者教育指導官として働いていた。若い時インドを隈なく旅行した彼は、伝道を福祉と結びついた形で捉えた。そこで彼は1986年にEMSより韓国の長老教会に派遣され、地元の民衆教会に加えられ、一方では、貧しい人々を助けながら、民衆神学に引かれて、それをドイツ人に紹介するように尽力した。9年間韓国に滞在したドレッシャーさんは、帰国後、ドイツの福音主義教会のなかで伝道と教会一致の部門に勤めて、2001年にEMSの南インド・アジア幹事に任命された。

当初は、日本を韓国人の目で見てきたドレッシャーさんは、その仕事を通して日本と接すれば接するほど、日本と日本人に好感を抱くようになった。日本とドイツは共通の経験から共通の責任を持ち、日本のキリスト者がアジアにおける平和に貢献できることを望んでいる。帝国主義的戦争の責任のほかにも共通の課題がある。高齢化社会、つまり高齢化しつつある教会の中で、福音はどのように説得力をもって伝えられるかという課題。そして、ドイツのキリスト教会が日本のキリスト教会から学べる機会も多いと述べた。一点だけ挙げると、最近多様性の強められた社会背景に置かれているドイツ教会は、最初から宗教的な多様性の中で発展してきた日本のキリスト教には学ぶことが多いだろう。

ドレッシャーさんは、少数者としての教会を肯定する、また多様性によるチャレンジを受け入れる必要性を感じている。この課題において、京都の宗教研究所の他宗教間対話プログラムは、ドイツ人の神学生や若い牧師にとって、とてもいい学びの場となっていると言う。 

(聞き手:ゾンターク・ミラTCC研究主事)


右欄に「富坂だより」バックナンバー一覧が出ていない場合はこちら をクリックしてください。

トップページに戻る


112-0002 東京都文京区小石川 2-9-4 CEAM財団 富坂キリスト教センター
Tel: 03-3812-3852 Fax: 03-3817-7255 メールでのお問い合わせはこちらまで