『富坂だより』 19号
2007年6月

特集:天皇制とキリスト教

【目 次】



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国賓の待遇を受け天皇に拝謁後、明治神宮を参拝するD・ドハティ枢機卿(前列中央)、その左にマレラ教皇使節、右にシャンボン (TCC編『15年戦争期の天皇制とキリスト教』より )




巻頭言

プロテスタント伝道150年を迎えて

2009 年にプロテスタント伝道150年を迎え、何らかの記念行事を企画してはどうかという意見を伺った。約150年前、宣教師による日本でのプロテスタント伝道は開始された。この150年をふり返る時、日本の伝道における宣教師の働きの大きさに、まさに驚かざるを得ない。          

戦後、欧米から600名とも言われる宣教師が来日し、日本のキリスト教界を立て直した。人的にも財的にも欧米から援助を受けてキリスト教主義学校、社会福祉施設、教会は戦後の荒廃から立ち直ることが出来た。1960年代まで、教団の財政は欧米からの支援でかなりの割合が支えられていた。また宣教師も 1980年代にはまだ数百名日本で活躍していた。

日本のキリスト教界は、受ける教会であり続けた。日本が高度経済成長を遂げた後は、豊かな国の小さく貧しい教会と、自己規定した。

しかし、1990年代に入ると欧米関係教会との関係は変化し始めた。DOAM(ドイツ東アジアミッション)をメンバーとしている EMS(西南ドイツ福音宣教会)ではドイツのメンバー教会と海外のパートナー教会との関係が課題となった。EMSでは一年に一度パートナー教会も議決権を持つ宣教協議会を開催し、パートナー教会の意思も十分に汲み取った協議をしている。そこでの決議は総会に諮られて承認され、執行されるというシステムとなっている。

そのEMSは1991年にフォーラムを開催し、メンバー教会とパートナー教会が一方通行ではない相互の関係を築くことを確認した。さらにドイツの国自身が宣教を必要としていると認識して、パートナー教会との協同を求めた。

この後欧米の教会は厳しい財政難に直面し、日本への人的、財的支援の一方通行は終焉を迎えつつあるように思われる。

このような変化の中で、日本の教会や関係機関は、どのように主体的に、財政責任も含めて、欧米の教会の志と遺産を継承し、さらに日本から関係教会の要請に応じえる教会的根拠を持つ使信を発信していくのかが問われているのではないか。

(うえだひろこ・TCC理事)




富坂キリスト教センター編
『十五年戦争期の天皇制とキリスト教』(新教出版社 2007年)を世に問う

土肥 昭夫


現在の日本は軍事化、右傾化の道を急速にたどっている。核競争の時代に核軍備をもたない日本は、日米安保条約に基づき、米国の核の保護を求め、その代償として種々の軍事的協約を決めた。しかしそれをより強固にするためにはどうしても憲法第九条が邪魔であった。改憲を旗印に昨年9月26日に発足した安倍内閣は、その手続きの一つとして国民投票法を今年5月14日に成立させた。政府はこれまで軍事化への国民の同意、随順を得るために、種々の右傾化政策を推進してきた。安倍内閣も国民に日本国家に対する自負心とこれを守るための気概を植え付けるために、教育基本法の改定に始まる教育行政を推進した。軍事化、右傾化の舞台に天皇制はまだ直接現れていない。しかし、これらを推進する「内閣の助言と承認」にしたがって行動してきた天皇夫妻とその一族が、笑顔をふりまきながら国民をこの方向に統合しないという保証はない。現在の天皇制には政治的機能(権能ではない)があるので、注意しなければならない。                         

人間として平和を愛し、自由と責任に生きることを求める私達がこのような事態に的確に対応するためには、過去の戦争に直面して、日本人また日本人キリスト者として何を考え、どのような行動をしたかを厳密に検証することが必要である。                         

この表題の近著は、かの十五年戦争について15名の研究員が2002年の発足以来年4回の研究会で賑やかに討論を重ね、各自が題目を選び、自らの責任で執筆した論文の集成である。その中には知名の学者(以下敬称略 奥平康弘、憲法学、東大;伊藤彌彦、政治学、同大;千葉眞、政治学、ICU;駒込武、教育学、京大)がいる。また自らの関係する教派、その他の組織などに熟知した研究者(西山俊彦、カトリック教会;佐治孝典、日本聖公会;五十嵐喜和、日本基督教会;松岡正樹、日本バプテスト東・西年会;原誠、日本組合基督教会;塩入隆、日本メソジスト教会;徳善義和、日本福音ルーテル教会;上中栄、ホーリネス諸派;千葉、無教会;石浜みかる、ブレズレン;土肥、日本基督教連盟、日本基督教団;遠藤興一、田川大吉郎;駒込、キリスト教系私学)がいる。この時期を生きた人たちが現存しているので、執筆者たちは動かせない明らかな資料に綿密な考証を加えてその事柄を明らかにしていった。各執筆者がその論点を簡潔に述べているので参照されたい(3-5頁)。全部で16編、620頁とこれまでの天皇制とキリスト教シリーズとは比較にならぬほど膨大なものになったが、出版社もその刊行に大変尽力された。筆者はこの研究会の世話役をつとめたことを光栄に思っている。 (執筆者当人による誤植の指摘:p.170, 15行目 北原一視, p.280, 13行目 解消)

(どひあきお・天皇制とキリスト教研究会座長)




中国語訳『近代日本の転換期における天皇制とキリスト教』 出版される

鈴木 正三

富坂キリスト教センターは「キリスト教社会倫理の諸問題を学際的に研究」し、その成果を出版するだけではなく、他の言語に翻訳して出版する努力もしてきた。これまでにも、『日韓キリスト教史資料』が韓国語で出版されている。このような企画を正面から取り上げた本が『激動する東アジアのキリスト教』(“Vitality of the East Asian Christianity”)の英訳であった。センターでは、「エキュメニカルシリーズ」第1号として、理事長のあとがきも入れて出版した。この書籍はインドにあるインド・キリスト教出版社から出版することが出来た。               

同様の考え方から、現在センター研究会の中で継続研究会として5冊まで出版されてきた「キリスト教と天皇制」関係書籍の中から、良い論文を選び、特に中国大陸に向けて中国語に翻訳して出版することを考えた。そこで、最近交流のある香港の漢語基督教文化研究所所長ダニエル・ヤング牧師に相談し、4年前にセンターと同研究所との共同企画として出版計画を立てた。そして土肥教授にお願いして、論文を選んでいただいた。しかし、この段階からこれら国際企画の難しさが噴出してきた。まず、非常に政治色の濃いテーマである天皇制関係論文であることから、香港の研究所自体が論文選択を希望してきた。この段階で「エキュメニカル・シリーズ」第2弾という意気込みをまず退けなければならなかった。そこで、論文選考は研究所にまかせ、センターとの同意の上翻訳・出版という順序でスタートした。ところが、選考論文リストを見たところ、翻訳者の希望ということで、全く知らない学者とその論文が入り込んできていた。早速翻訳をストップしていただき、どういう人物かを図書館で調べた。そして当然のことながら除外していただいた。そのために1年間が過ぎてしまった。という訳で、今回晴れて出版にこぎつけることができたというわけである。

(すずきしょうぞう・TCC総主事代行)




【お知らせ】

・図書館業務は事情あって、当分中止しています。

・新刊のお知らせ

『在日外国人の住民自治 ―川崎と京都から考える― 』
富坂キリスト教センタ− 在日朝鮮人の生活と住民自治研究会編(新幹社 2000円)

    地域社会で生きる在日外国人の住民としての権利は…。日本の国際化が問われている。






『この国に生きる―東アジアの一市民として』の出版によせて

大津 健一

「思想・良心・信教の自由」研究会は、おおよそ隔月に集まり、研究会活動を続けている。発足当初から研究会は、現場で問題に取り組む人々と、それらの問題を共有する学者や弁護士などの共同作業の場と位置づけられている。  

今日教育現場では、「日の丸・君が代」の強制を通して教師や生徒の「思想・良心・信教の自由」が侵害されている。また、繰り返される首相による靖国神社参拝によって、「政教分離原則」や「信教の自由」が踏みにじられ、さらに教育基本法の改定や憲法第9条を変えようとする力によって、戦争の出来る人づくり、国づくりが推進されつつある。  

このような状況認識を共有しながら研究会では、各地の現場で闘っている人々に立つべき場所を示し、互いに励ましあえる研究の成果を、ブックレットの形で出版しようと考え、昨年3月、「この国に思想・良心・信教の自由はあるのですか」(いのちのことば社)を出版した。そして今回(5月1日発行)のブックレット 『この国に生きる―東アジアの一市民として』は、研究会として第2冊目となる。  

今回のブックレットでは、全体の約半分を座談会「日本の右傾化と東アジアの平和」が占めている。座談会には研究会のメンバーである岡本厚さん(岩波「世界」編集長)、西原博史さん(早稲田大学社会科学部教授)、飯島信さん(主事)、大津健一、そして特別ゲストとして韓国からソウル大学国際大学院教授朴世逸さんに参加いただいた。日本の戦後60年をめぐっての歩み、教育基本法の改定による「愛国心教育」の問題、韓国から見た日本の姿、歴史認識問題、対北朝鮮政策などについて意見を交換し、最後に私たちはどうあるべきかを話し合った。

また、4名の方々から、それぞれの現場での取り組みを報告していただいた。 「ピアノ裁判」弁護団長の吉峯啓晴さんは、ピアノ裁判原告である音楽専科教諭福岡陽子さんに課せられた卒業式、入学式における「君が代」ピアノ伴奏強制がいかに福岡さんの思想・良心の自由を侵害しているかを伝えている。また、去る2月27日最高裁で出された『ピアノ裁判』不当判決に対する弁護団声明、福岡陽子さんの憤りの声が、資料として収められている。

定時制高校教員の金信明さんは、「日の丸・君が代」強制問題を在日朝鮮人の視点から取り上げている。多様な国籍を持つ子どもたちが学ぶ学校現場で、「日の丸・君が代」を強制する日本のあり方を考えさせる一文である。  

関口美樹さんは市民の目線を通して、自治体レベルでも戦争の出来る国づくりが着々と進められている現実に対して、平和を構築する取り組みの大切さを語る。研究会メンバーでもある夫の関口博さんは、国立市(東京都)の新市長である。  4人目の報告者藤田直彦さんは、公立小学校教員であり、「日韓合同授業研究会の12年」の歩みを通して、市民と市民が出会い、過去の歴史に誠実に向き合いながら、未来を志向する大切さを語っている。  

本書が多くの人々に読まれることを願っている。

(おおつけんいち 思想・良心・信教の自由研究会座長)





ホフガイスマルから

 岡田 仁

皆様方のお祈りと貴い献金に支えられ、豊かな恵みの内に研修を続けています。お礼を申し上げます。

4月には「アジアの女性解放」会議が研修所隣のアカデミーで開催され、シュナイス先生、ドレッシャーさん、ゾンターク主事はじめ多くの方とお目にかかりました。特に全期間中はキヨコ・シュナイスさんの通訳のご奉仕を頂き、聞き取りの未熟な私達夫婦も貴重な学びの機会を得、大変感謝しています。5月からは説教学、世界教会運動、教会活動の理論等幾つかの研修を予定しています。牧師研修所の建物は目下改装中で、そのため全ての研修は敷地内の図書館などで行われています。一年後の完成まで別棟の事務所と図書館の間を往復する日々です。また牧師養成・継続教育担当主事会議にも毎月出席させていただき、6月には二日間の日程で「牧師研修の目的、組織、分野、諸次元」について協議する予定です。ドイツ・プロテスタント教会を取り巻く今日的状況やエキュメニカルな文脈、諸課題を視野に入れつつ今後の展望について話し合います。

所長のコルネリウス=ブンドシュー博士は多忙の中、週に一度神学の学びを懇切丁寧にご指導下さり、大変有難く感謝しています。楽しいこともあります。週末には所長をはじめ教会・研修所関係者のお宅に招かれ、家庭で祝う典型的なドイツのクリスマス、大晦日、復活祭、また誕生日会等も共にしました。幼稚園、学校、地域においても家族単位の交わりを与えられ、子ども達と一緒に異なる文化や習慣、人々の優しさに触れながら日々を過ごしています。

毎週出席させてもらっている教会で先日数十名の若い人達の堅信礼が行われました。「平和を実現する人々は幸い」のメッセージに応答し、信仰告白する彼女・彼らの姿が印象的でした。志を持つキリスト者、教会が国や教派を越えて一致し、主の平和が実現することを祈ります。私も初心を忘れることなく今はこの地にて研修に専念したいと願っています。

(おかだ ひとし・前TCC牧師研修主事)





シリーズ・ドイツから直行便で B

聖書の翻訳と教会の権力
ゾンターク・ミラ

今回は、ドイツ社会民主党係のフリードリヒ・エーバート財団(FES)による研究を紹介するつもりであった。『周縁から中心へ』という題目の下FESは、ドイツ社会における極右思想とその影響力の素因について調査し、その結果、一つの警告を発信した。つまり、極右思想に基づいた暴力行為を犯す人は現在ドイツにおいては少ないけれども、極右思想そのものに協賛する人の数が増え、社会の周縁だけではなく、その中心部にこそ極右思想が浸透したという結 論。この調査に対するキリスト教界の反応を見ようと思いながら今回帰国した。

しかし、ドイツに着くとプロテスタント教会が別の問題で大騒ぎになっていることに気づいた。昨年10月に『公平な言葉による聖書』(Bibel in gerechter Sprache)という聖書の新翻訳が出た。公平な言葉とは、そもそも英語でいう「包括的言語」のドイツ語になるが、「公平な言葉」と言うと、男女平等だけのジェンダー・ジャスティスを超える正義感、文章に対する、また読者に対する正義感に導かれて聖書を訳したことになる。イエスの働きの背景に「ソフィア運動」があったとフェミニスト神学研究によって証明された。その運動の主眼点は社会的正義であったという。正義を目指したイエスの働きを後世に伝えようとしている『聖書』を諸言語に訳すときも、まさに公平な処理を目指すべきではないか。しかし、ドイツ語圏において、男女平等に加え、イエスがユダヤ人であって、ユダヤ人なりに暮したことを重視し、そして彼が生きた社会の生活条件を分析し、人間の権力と神の支配との相互作用に焦点をすえながらも、聖書の原文(ヘブライ語、ギリシャ語)の特徴を護って訳語においても原文の作成文脈を実感させる、そういう聖書訳の初めての試みだと思う。

5ヶ国出身の翻訳者の52人の内にフランク・クルーゼマンやルイーゼ・ショットロッフなどの押しも押されもしない聖書学の大立物が何人もいる。その一人、マーブルク大学の新約聖書学の講師クラウディア・ヤンゼン博士にインタビューを取れた。この大プロジェクトの詳細は印象深い。プロテスタント教会の制度をさけて、翻訳会議運営用の6400万円の募金を得られた。その際、聖書の各部分を対象にして献金を集め、本の最後に後援者の名簿をおいた。ヤンゼン博士によると、この名簿は「教会内の反対派の人名録」として読める。出版後の半年以内ですでに7万冊が販売され、書評の数が500を超えた。ドイツのテレビに不可欠のお笑い芸人ハラルド・シュミットのショーにおいても取り上げられるようになった。ドイツ人、特に聖書の古臭い言語にあきてしまった人々は新鮮な好奇心をもって聖書を読み直そうとしているという。

しかし、書評の中に極度に批判的なものも多い。ドイツ福音主義・ルーテル教団(VELKD)の監督協議会の声明文の第1条では、翻訳が教会の審査委員会に受理されていないこと、また他の聖書訳と比べながら評定されるべきだと書いてある。しかし、評価の結果を待たず、同時に、この訳は唯一の訳(教会の基準と見なされる訳)としては、また礼拝の使用にも不適当であると断言されている。ドイツ福音主義教会(EKD)の協議会は、翻訳者たちの努力と鋭気を尊重しながらも、翻訳の基盤とされた原則・基準が間違っていると主張し、VELKDと共鳴して、礼拝での使用は無理だと判断した。聖書の基本にある「正義」に適合するために、なぜ他ならぬ男女平等とか、社会生活とキリスト教・ユダヤ教間対話における正義が必要なのかが明らかにされていないと批判し、神の名とイエスの尊称に当たる包括的言語(例、ラビ)によって、信仰告白の実質が疑問視されると訴えている。EKDとVELKDの声明文に「異端」という言葉はないが、雑誌、新聞、また「神学的答申書」には出てくる。この訳によって聖書はユダヤ教化されたとの猛烈な批判もあった。

中世期、教会の権力を護るために聖書の翻訳が禁止され、ルターには運がよかったが、ウィクリフとフスは火あぶりにされた。プロテスタント教会のこの原点を鑑みて、現在のドイツ・プロテスタント教会の過剰な反応は理解しにくい。しかし、ヤンゼン博士は、それによってドイツの歴史的負い目が新しい次元において暴露されたという。つまり、フェミニスト神学に対する軽侮と共に、反ユダヤ主義の心根が見え、この意味において、ドイツ社会における極右思想の浸透と聖書訳の批判との間にある種の繋がりがかいま見える。ドイツのキリスト教会は実践において極右の暴力に抵抗してきたが、神学のレベルではまだ追い付いていないという。神学のレベルでホロコースト問題を考えようとした信者は少ないし、教会員の数が益々減少している時代に、意見の違う立場に対する非寛容も出てきたのではないかと述べた。

(TCC研究主事)




シリーズ ひと・ひと・ひとK
 財団理事長 所 久雄さん

財団法人基督教イースト・エイジャ・ミッションの現理事長は所久雄牧師です。富坂キリスト教センターはこの財団の下で活動していますが、これまで所理事長についてこの欄で紹介したことはありませんでした。丁度今年1月30日にセンターで財団とセンター各理事との懇談会を行ないました。そこで、その際話されたことを中心に、所理事長の人となりを紹介しましょう。

所理事長は現在、京都市内10箇所で展開されている社会福祉事業(京都市のぞみ学園、京都市みぶ学園、つくしの家、京都市みぶ身体障害者福祉会館、京都市横大路学園、桃山共同作業所、京都市横大路福祉工場、洛東チャーチホーム、西洞院グループホーム、そしてそれら施設の中心としての京都国際社会福祉センター)全体の責任者として、総勢130名の職員を率いて、障害者が働く工場、保健所などで働く保母さんなどの研修事業を動かしています。

その中のひとつ「家族療法」は、30数年前にこの京都国際社会福祉センターから始まったということですが、いまや全国の学校や保健所などのカウンセリング療法の基礎のようになってきました。  

このような大規模な社会事業のユニークなところは、所牧師が京都市とスイスのチューリッヒ市との協力事業として育ててきたということです。そのきっかけはスイス東アジアミッションと所牧師との出会いでした。  

「スイス東アジアミッションが何かやっていくとすれば、そういう福祉に関する交流事業であるとか、インフォメーションをやったらどうだろうということで、国際社会福祉センター構想というものを京都市とチューリッヒ市の両市の協力のもとに行う形で出発しました。また、ジュネーブのWCCのエキュメニカル・インスティテュートに71年と72年にかけて行きました。72年に戻って来たら、京都市は民間法人を作って京都市から理事者が入る、チューリッヒ市からも理事者が入る、そういう法人を作ってやってほしいということで、私は35歳か36歳の時でしたのでとても出来るとは思わなかったのですが、京都市が全面的にバックアップするから是非やってほしいということで、国際社会協力会というのを作って法人認可を取ったのは昭和48年2月です。現在この事業は既に34年目に入っています。」このスイス東アジアミッションとの関係で、所牧師は20数年前に財団の理事となり、現在はとんでもない忙しさの中、理事長をしていただいています。毎日朝、のぞみ学園をかわきりに、各地の施設をまわり、障害をもつ職員に「だいじょうぶか」と声をかけ、その何百名もの両親に語りかける仕事を30年間続けてきた所牧師の言葉は、弱い者にはやさしく、キリスト教会の強そうな「律法学者」たちには実にきびしいものでした。

(文責:鈴木正三TCC総主事代行)


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