『富坂だより』 21号
2008年7月

特集: 公益を目指して

【目 次】



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2004年ドイツ・ワイマールで行われたイースト・エイジャ・ミッション120周年記念協議会に際して、財団、DOAM、SOAM、EMS、BMWなどが戦後初めて7団体協議会を行う



巻頭言

財団とTCCの一体化

富坂キリスト教センター理事会は、去る3月20日の第115回理事会(これが最終理事会となった)における議決に従って、4月1日からはその呼称を「財団法人キリスト教イースト・エイジャ・ミッション富坂キリスト教センター運営委員会」に改めた。

思えば長い道のりであった。私がDOAM選出理事の一人としてTCC理事会の一員になったのは1997年のことであった。私はDOAMの歴史を調べ、その諸規約を読んで、DOAM選出理事であることの意味を考えずにはおれなかった。DOAMは1961年のWCC総会の「ニューデリー原則」(宣教団体の遺産をその地の教会・キリスト者の手にゆだねる)を承認し、その原則の適用を規約の中で定めている。ドイツ国内においてその原則の適用は実現されていたが、日本においてはその適用は実現を見てはいなかった。DOAM選出理事の特別な任務はその実現化にあるという理解を、私は当初から持った。

TCC理事会が「将来構想」を採択した2002年に、私は理事長に選出された。その「将来構想」は、日本にあるかつてのOAMの遺産を、その分割し得ぬ一体性において継承し守る責任があるという共通認識へと、われわれ(DOAM、SOAM、財団、TCC)を導いて行った。その共通認識は、2003年にスイスのロマンスホルンで行なわれた会議で明文化され(「ロマンスホルン合意」)、2004年に行われたワイマールでの7団体協議会で追認された。その分割し得ぬ一体性において法的に(de jure)存在しているのが、われらの「財団」である。今や、WCCニューデリー原則をDOAMとSOAMがこの日本の財団に適用し、財団をして財団たらしめ、パートナーとして共に神の宣教の業に仕える時である。その不可欠の前提が、法的権能を持つ財団理事会と法的権能を持たないTCC理事会の並存・対立というこれまでの二重構造を日本側が主体的に解消し、名実ともに財団とTCCが一体化することであった。

今回の新公益法人法による認定は、上記の宣教神学的な内的必然性の、外的な帰結であるに過ぎない。

(たけだたけひさ・財団法人理事・TCC運営委員長)





佐渡がアイオナになった日

上島 一高


新年礼拝の翌日、富坂キリスト教センター牧師研修会のために佐渡へと出かけた。海岸縁にある教会に着くと、ホールには、薪ストーヴが焚かれていて、引き寄せられるように火の辺りに荷を下ろす。もともと7月に予定していたプログラムは新潟県中越沖地震のために半年延期された。図らずも冬の佐渡研修となった不安を、ゆっくり燃える柿の木の炎が取り除く。佐渡島を、巡礼者が訪ね癒しの中で新しい賛美の歌が生みだされているアイオナ島(スコットランド)に見立てて行われた研修のプログラムは、こうして始まった。

まずは全日程の底に流れる「主を畏れる」というテーマを確認させられ、今の時代の中で牧会者として立てられている「わたし」を尋ね合う。この間、夕食も疎かにはされない。佐渡の特産カキの鍋がわたしたちの食卓共同体を豊かにする。そして晩祷へ。 一人の女性参加者の指が、ライヤーと呼ばれる小さな竪琴を奏でる。小さな音。でもその澄んだ響きがわたしたちの胸に届く。外では風除けの笹竹の上を誰かの指が走る。アイオナの共同生活の中で練りあげられた言葉は、そのままわたしたちの言葉となって交読される。リタージストの先唱は、わたしたちの歌を引き出す。こうして、第一日は暮れた。

夜明けと共に、食事準備、薪運びによって一日が始まる。カナダ合同教会の二つの賛美歌集から、先住民と共に生きる彼の教会ならではの賛美歌を覚える。次は、リタージカル・ダンス。リーダーに導かれて、まず、参加者が家を出て佐渡にやってくるまでを身体表現する。続いて、いくつかのステップを教えられる。わたしは、新潟教会の音楽礼拝で共に踊ったことや、手話賛美のことを思い起こした。二日目である。

三日目は、巡礼の旅だ。日本最初の女性教職の一人である高橋久野佐渡教会牧師の墓を訪ね、キリシタン塚、無宿人の墓、朝鮮人労働者の宿舎跡などを巡る。道々、立っていられないほどの風に神の息を感じ、寄せては砕ける青い波に地球の鼓動を感じつつ。百名余りのキリシタンが刑死したと言い伝えられる塚では、短いリタジーを行う。わたしたちは、現代の傷ついた人々にも思いを馳せ、共に生きることへの決意を与えられた。

夜のプログラムは賛美歌集『ツマ・ミナ』。導き手から、歌の中にある固有のリズムや息遣いを知らされると、五線譜の中の音符が立ち上がった。歌うわたしたちもいつの間にか踊り出していた。四日目の午前、わたしたちには、佐渡での体験を踏まえて詩をつくるため、半時間が与えられたが、前の夜に揺り動かされていた歌心はわたしたちを小さな詩人にしてくれた。皆の詩は紹介され、共感と感嘆に場がざわめいた。皆の詩は一つの歌詩にまとめられ、導き手によって曲がつけられて午後の創作礼拝で歌われるはずである。

最後の礼拝が始まる。わたしたちは一旦外に出て、鼓の音に先導されつつ海岸まで歩いた。この間、カトリック教会の受難画を巡る14留に模した三つの留で、苦難の道を歩んだ人々を想起し、礼拝堂に戻る。ここで新賛美歌が紹介された。「主の息を受け、わたしは変えられる……」「主の愛を受け、わたしはうれしい……」 「主の波を受け、わたしは畏れる……」との歌詞が、佐渡の波を感じさせる曲にのせられた。練習の後共に歌った喜びは忘れられない。共同の生活の中から歌が生まれる。アイオナで歌が生まれるのはこういうわけなのだと知る。こうして佐渡がアイオナとなった。アイオナはわたしたちの所にもある。

(かみじまかずたか・TCC運営委員会委員・佐渡牧師研修会座長)




【お知らせ】第8回富坂キリスト教センター牧師研修会  

佐渡研修のご案内

「主を畏れ、主に仕える ― 真ん中に立ちなさい」(マルコ3:3)

教職の皆様

聖名賛美。皆様には伝道・牧会にお励みのこととお察し申しあげます。

富坂キリスト教センターは「主を畏れ、主に仕える」の主題のもと、牧師が共同生活を通して相互に学び、霊性を養う牧師研修会を2003年以来実施してきました。この研修会はこれまで、青森・八甲田(2003、2004、2005年)、鹿児島(2005年)、松山(2006年)、静岡(2006年)において持たれてきました。

2007年度の研修は新潟県・佐渡を会場に、スコットランドの離島・アイオナを拠点とするアイオナ共同体に学び、共同生活・リタージカルダンス・巡礼を通して身体性に焦点をあてながら、参加者自身の言葉による賛美・「主の息を受け」を生み出しました。

では私達は萎縮することなく歌い続けることができるでしょうか。イエス・キリストは、手の萎えた人を「真ん中に立ちなさい」と招き、癒しの業をなされました。2008年度研修は、引き続き佐渡の地で、私達の体と心を解放しながら、この招きを黙想したいと思います。

コミュニケーションの道具は発達したけれども、肝心なことについて、声をあげていくことが難しい雰囲気の中を私たちは生きています。ふりかえって見れば約20年前、世界各地で、抑圧からの解放を求める人々の声が、種々のカイロス文書として姿を現しました(南アフリカ・1985年、中央アメリカ・1988 年、等々)。2008年度研修では、時の徴を見極め、言葉を発してきた先駆者たちの努力に学びながら、改めて希望の徴と私達自身の言葉を探ってゆきたい、そのように願っています。

皆様のご参加を心よりお待ち申しあげます。

佐渡牧師研修会座長 上島一高
佐渡牧師研修会主事 三村 修


    時    2008年9月8日(月)午後6時から12日(金)午前10時まで
    場所  日本基督教団 佐渡教会(〒952-1313新潟県佐渡市八幡町256 
    電話・FAX 0259-57-2359)
    テーマ 主を畏れ、主に仕える ― 真ん中に立ちなさい(マルコ3:3)
    目的  牧師が主を畏れつつ歩む訓練をつむことにより、知恵を身につけ、練達と勇気と希望を取り戻す。
    定員  15名
    持ってくるもの  聖書、讃美歌21、洗面用具、着替え、動きやすい服装・靴、など
    参加費 5000円(当日受け付けます)
    交通費補助 往復1万円を超える分を補助します。 (教区、地区等で研修費の補助を申請できる場合があります。それぞれの教区、地区等にお問い合わせください。)
    申し込み・問い合わせ 〒952-1313 新潟県佐渡市八幡町256 三村 修(佐渡牧師研修会主事) 電話・FAX 0259-57-2359
    申し込み〆切 2007年8月22日
(みむら おさむ・佐渡牧師研修会主事)




国際シンポジウム 「平和と人間の安全保障」参加記

大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授 木戸 衛一

去る3月31日から4月4日まで、ドイツ東亜伝道会(DOAM)・韓国平和財団(KPF)・富坂キリスト教センター(TCC)主催の国際シンポジウム「平和と人間の安全保障」が、ソウルのホテル・アカデミー・ハウスで開かれた。私がこれに参加したきっかけは、昨年12月初旬、かつてTCC設立にも寄与されたパウル・シュナイスDOAM会長から研究室に突然かかってきた一本の電話だった。たまたま彼の宿泊先が私の自宅近くにあったため、直接お会いして話をしたところ、6月にドイツのロストックで行われた「G8対抗サミット」で私の講演に接した方が、シンポジウム報告者に私を推薦しているとのこと(拙稿「<G8対抗サミット>に参加して」『ヒューマンライツ』第233号(2007年8月)参照)。そうした人と人との繋がりへの喜びに加え、シンポジウム4日目に予定されていた開城(ケソン、北朝鮮)ツアーへの興味から、私は出席を即断した。

シンポジウムの初日は、地球村、韓国・日本・ドイツ社会それぞれにおける不安全をテーマとする基調報告が行われ、2日目には「恐怖と安全」と「安全保障政策」、3日目は「紛争状況における暴力の克服、安全の構築」をめぐって、終日熱のこもった報告・討論が繰り広げられた(公式プログラム終了後も、ホテルのラウンジで夜な夜な議論は続いた)。

紙幅の関係で、本シンポジウムの詳細をお伝えすることはできない(プログラム)。参加者合計数の125人のうち日本から全日程参加したのは、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」の高里鈴代さん(シンポジウムでの報告題名は「日本における経済・軍事発展を通じての安全? 沖縄の事例」)と私(同「日本国憲法の改定を通じての安全?」)にとどまり、これはいかにも残念だった。

シンポジウム全体を通じて、新自由主義のイデオロギーに教導されたグローバル化に伴い、ドイツでも韓国でも日本でも、貧富の格差の拡大と貧困の深刻化、低賃金で不安定な非正規雇用の急増、医療・教育・交通といった公共サービスの切り捨て、地域コミュニティーの解体、世界規模の経済的権益を世界規模の軍事的プレゼンスで守ろうとする軍事化が進行していることが確認された。また、耳触りのよい「人間の安全保障」も、実はかなり曖昧な概念で、安易な使い方はできないことでも合意が得られた。大要は、ハンブルク大学平和教会神学研究所のフェルディナンド・エンス氏を座長に、呉在植(オージェシク)・アジア研究所(ソウル)所長と私が起草に携わり、シンポジウム最終日に採択された「私たちの教会、世界教会協議会、および私たちの政府への手紙」をご覧いただきたい。

開城訪問も含め、本シンポジウムの準備・運営に関わった関係者のご尽力には、改めて心から感謝申し上げたい。ここで培われた成果が、平和で公正な地球社会を実現する一助となることを願ってやまない。



(きどえいいち)




「富坂国際の家」から「国際学寮」へ

ゾンターク・ミラ

本誌執筆も4年目となった。エキュメニカル・コワーカーとしての赴任当初は丁度イースト・エイジャ・ミッションの120周年及び富坂キリスト教センター設立30周年記念会の準備期で、過去を回顧し、より緊急な課題に焦点を当てるべく、将来へ向けて体勢を整えていた。課題の1つは財団法人基督教イースト・エイジャ・ミッションの長期にわたるドイツ・スイス、東京・京都との分裂を乗り越え、諸出来事を経て分散したイースト・エイジャ・ミッション(東亜伝道会)の遺産を明治時代の一致に取り戻すことであった。第2は公益法人法の改革を機に、財団として公益法人の認定を目指すか否かという問題で、目指すべきだ、という結論に至った。認定の時期は現段階では言い難いが、財団の諸事業を新公益法人法の要望に合わせなければ認可は難しい。この重要な時期にTCC総主事に任命され、将来構造の企画に直接関わることとなった。責務の重さと同時に、しかし新規(再出発?)の楽しさも感じている。皆様には、尚一層の暖かいご援助を願いつつ、当センターの変化について報告したい。今回は「富坂国際の家」に集中する。

「富坂国際の家」は、センターの研究・研修活動の財源の一つである早稲田大学の留学生寮で寮生の募集、選択や学生向けのプログラムなどには、センターはタッチしてこなかった。好奇心旺盛な若者達を迎えながら、殆ど交流の機会がないことから、2005年に自主事業として「山上学寮」(東アジア女子留学生の寮)を立ち上げ、定期寮生会と年1回の見学旅行を実施している。来春満期に到る早稲田大学との解約を機に二寮は合併され「国際学寮」としてスタートする。財団理事であり、元NCC議長の鈴木伶子氏を委員長として「国際学寮運営委員会」が設置された。組織上は当センターから独立した財団の公益事業部となり、内容上はセンターと協力関係を結ぶようになる。在寮の研究者と学生に、センターが以前担ってきた「社会倫理」の問題を研究・研修プログラムとして取り組んでもらう。そうすることにより国際学寮は個別の組織になっても、センターの設立精神を展開させる事業になれるよう願っている。「国際学寮」は、国際的な環境において、人類が直面している諸問題に取り組み、また寮生活(共存)を通して徹底した国際思考を学ぶことができる場ともしたい。「国際学寮」はドイツに伝統的な「Collegium Oecumenicum」の訳語としてもふさわしいが、ドイツでは入寮がクリスチャンに限定される。「国際学寮」は地理的にも思想的にも広義の「Oikos」(我が家である地球)、つまり世界観の多様性に気づくことを目指す。そして、人間に必然的、倫理的問いかけ(conditio humana)、すなわち如何に生きるべきか、に研究の焦点を当てる。新寮は研究者9名(家族用、20〜30u)と学生12名(個室10u)が入寮できる。日常生活とその研究プログラムは「対話」、「責任」、「共存」と「専門的学術性」を優先して計画したい。目下、次のようのものを考えている。

    研究・研修プログラムの詳細:
    @研究者・学生の社会倫理関係の研究 ⇒ 1人の研究者が2人の学生を指導(テーマ別組み合わせ)⇒ 研究者・学生は年5回のセンターの講演会に出席
    A外国人研究者・留学生を対象とした論文関係の日本語指導
    B図書室(センター1号館会議室)内の映画鑑賞会
    C研究成果報告活動 ⇒ 研究者の研究レポートと学生の関連報告を機関紙として出版
    D京都国際学生の家との宿舎交換 ⇒ 夏学期と冬学期に京都と東京の学生の交換(都内見学と寮内交流)
    Eその他の見学・交流イベント
 以上の計画で来春に向けて準備し、建物の改修工事も進行中。皆様のサポートを戴ければ幸いである。
(ぞんたあくみら・TCC総主事)





ホフガイスマルから C

 岡田 仁

研修所近くのプールでも子ども達の賑やかな声が聞こえる季節となりました。6月は、教会の実践とその理論、主題は「教会と奉仕」でした。おおまかな流れのみをご紹介致します。 第一週目、今日の教会の置かれた状況、教会の神学的位置付け、教会の方向性をまず簡単に確認。そのうえでドイツ・プロテスタント教会や諸団体による最近のアンケートの統計から教会や社会の諸活動とそれに関わる奉仕者の層、傾向を集約します。20人あまりの牧師補がそれぞれの組に分かれ、意見を交換し、幾つかの教会やボランティア団体からも、子ども達との関わりの中での経験や課題を実際に伺いました。さらに「万人祭司」の意味も吟味しつつ、教会や牧師職、奉仕の現状について検討します。週末に配布されたこれらに関する数種類のテキストを二週目の最初にグループ、全体で確認し、その共通、相違点を共有します。また、教会の組織図をグループ毎に紙に貼りだし、諸活動とその奉仕者たちが教会の中でどのように位置付けられているかその関係を明らかにします。さらに、牧師職に関する州教会など幾つかの報告を分析。これらの神学論文執筆者のお一人を招き、二日間講演と討議に集中します。講演も議論も全て理解したわけではありませんが、幾つか重要な示唆と刺激を与えられました。二週間の学びを三週目に再確認、整理し、一人ひとりの書き上げた命題を丁寧に共同で吟味します。このプログラムの担当は所長ですが、参加者も半年前から準備にあたります。各自が主体的に参加することで互いの理解が深められ、討論の質も高められるのでしょうか。ドイツと日本では状況もシステムも異なりますが、方法を学びつつ、いかにこれを置き換え、持ち帰るべきかを考えています。(写真:研修風景の1コマ。コルネリウス・ブンドシュー所長と研修生たち)

(おかだ ひとし・前TCC牧師研修主事)





シリーズ・ドイツから直行便で D

現代の教会の倫理的使命 ― ES細胞研究・実験利用をめぐって ―

相賀 昇

少し前、メールで配信されてくるドイツのニュースのなかで、「ドイツ連邦議会は4月12日、ヒト胚性幹細胞(Embryonale Stammzelle =ES細胞)の研究に関する規制を緩和した」という記事が目に留まった。現行の幹細胞法では、生命倫理上の観点から国内でのES細胞の培養を禁止し、例外的に高等な(hochrangig)研究目的である限り、2002年1月1日以前に国外で生成されたES細胞の輸入を認めてきた。改正法が施行されると 07年5月1日以前に生成されたES細胞の輸入が認められることになる。

私がこの記事に注目したのは、ドイツ福音主義教会の代表でもあるフーバー監督をはじめドイツのプロテスタント・カトリック両教会が、ドイツ学術協会などが要請するES細胞をめぐる研究・実験利用に対し、これまで一貫して強い警戒を示す発言をしてきたからである。

そもそもES細胞とは、ある分裂段階の受精卵から生成される別名万能細胞とも呼ばれる細胞だが、そのもとになるのが「余剰胚」というものである。折から今年は、1978年、イギリス女性ルイーズ・ブラウンが世界初の試験管ベビーとして誕生してからちょうど30年になるが、この体外受精が増加するに従ってそこに「余剰胚」が生じる。つまりそれは女性の子宮内に戻されることのない胚であり、実験に使用されない限り生殖技術者の冷凍機器の中でマイナス 190℃で凍結され、しかも当てもなく貯蔵される。

こうした「余剰胚」の研究・実験をめぐる様々な問題を受けて、ドイツでは1991年 1月より「ヒト胚性幹細胞保護法」(Embryonenschutzgesetz)という法律が施行されてきた。この法律は、ヒトの胚(Embryo)をその受精直後から「人間の尊厳」(ドイツ基本法第一条)の担い手として位置づけた上で、その保護を刑法上の規定によって保障しようとするものである。その主眼は体外受精の際に生じる「余剰胚」の研究・実験利用の禁止にあった。そこには今日の新しい生殖・遺伝子技術に関するかなり厳しい規制が盛り込まれている。その背景のひとつには「生きるに値しない」とされた人々を「安楽死」という名の下に抹殺したナチズムの体験のゆえに、ドイツ社会が今日においても優生学的措置に関して慎重な姿勢を保持してきたことが反映されてきた。

ドイツの教会はこれまで「人間の生命の無制約の保護は受精の時点から保証されなければならない」と主張してきた。その点イギリスでは、受精卵の子宮粘膜への着床をもって人間として生成したと認められるとしており違いがある。いずれにせよ今回の規制緩和の先、受精直後からの生命という一線をも越えて行くかも知れないとの危惧を抱いている。

胚保護法を見ると第7条に「キメラおよびハイブリット形成」という項目があった。ハイブリット(hybrid)はそもそも動植物の雑種とか混種という意味だが、「動物の精子を用いた人間の卵細胞の受精によって、あるいは人間の精子を用いた動物の卵細胞の受精によって分裂可能な胚を生成する者」、「人間の胚を動物に移植する者」など、本当にこんな事が可能なのかと思われるような、驚くべき内容とその禁止条項が示されている。

ハイブリットはドイツ語の発音ではヒュブリートで、もうひとつ「傲慢」という意味もある。歯止めのない生命科学の一人歩きは、まさに聖書が語る人が神のごとくなろうとした罪、現代の人間が陥った高慢(Hybris・ヒューブリス)という罪ではないだろうか。かつてエデンの園の中央には知恵の木と命の木が立っていたが、またもや限界を超えて神の領域に踏み込もうとする動きに対し、ドイツのキリスト教会はあの命の木を守る現代のケルビムであるかのように、その倫理的使命のために発言し続けている。  

(あいがのぼる・日本基督教団田園都筑教会牧師)




シリーズ ひと・ひと・ひとM
       財団理事  内海 博司さん

今回御紹介する内海博司さんは前稲垣理事の後任として、スイス東アジアミッションの推薦で1年前に財団法人基督教イースト・エイジャ・ミッションの理事に就任されました。

内海さんの京都大学学生時代、突然東南アジアから賠償留学生が入学してきました。そこで、留学生受け入れ体制のない大学内で留学生達を助けようと、学生サークル「京都大学留学生友の会」を結成し、会長として京大総長などに留学生宿舎建設などを要望したりしたそうです。当時の日本人の意識には、「外人=欧米白人=金持ち」の図式しかない上、更に悪いことには、戦前の洗脳教育の名残か東南アジアの人達を蔑視する人達がいたことです。活動して2年後、京都に初めて山科(国立)と聖護院(民間)に留学生寮が出来ることになりました。当時学生サークルの運営に悩んでいた頃、「出会い(encounter)」と「共同の生(life together)」を柱にした京都「国際学生の家−出会いの家―」がスイス東アジアミッション代表のコーラー同志社大学教授と京都大学稲垣教授の強力なイニシアティブによって建設されました。その趣意書を稲垣先生に見せていただき感動して、一緒に活動していた多数の留学生と共に入寮したそうです。現在、故稲垣先生の後任として京都「国際学生の家」理事長を務めておられます。この留学生寮から育っていった友人たちは、既に何百人と世界の様々な分野で活躍していて、豊かな国際交流に育っているそうです。2004年に祝った京都「国際学生の家」創立40周年記念式典には往年の寮生であるイラク大学教授を招待して、イラク戦争とその後の困難な復興事業について講演をしてもらったそうです。

ところで、内海さんは広島の原爆投下で始まった物理・医学・生物学の境界領域の科学である「放射線生物学」で理学博士を取得されています。在学中、日本人で始めてノーベル賞を受賞された湯川秀樹教授の「これからの世界は、物理ではなく、生物の世界が重要になる」という話を聞かれて、この分野に入られたそうです。卒業後は、京大医学部・放射能基礎医学講座の助手になり、その後、世界で最初に原爆を作った米国のアルゴンヌ国立研究所に留学、それから「京大放射線生物研究センター」助教授となり、最後は、「京大原子炉実験所」教授として、原子炉を利用した癌治療の基礎研究をされていたそうです。定年後は、文理融合を掲げた「いのちの科学」を主宰されています。

このような訳で、内海さんの守備範囲が非常に広く、自然科学諸領域を横断的に視野に入れた最先端の研究なので、聞いていてもよく分からなかったというのが実感でした。それにしても京都という土地柄なのでしょうか。稲垣先生も内海さんも官僚型学者ではなく、実に気さくな研究者で、楽しいインタヴューとなりました。 

(聞き手・文責:鈴木正三〔財団事務局長〕)


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