『富坂だより』 23号
2009年6月

特集:現代社会の課題を担って

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韓国民主化運動で拘束された牧師たちとの連帯を訴える記事 (
説明
(『韓国基督公報』1981年10月31日 第1384号より)




巻頭言
「豊かな出会いを願って ―山上国際学寮開設―」 


富坂に山上国際学寮が開設され、すでにいくつかの国からの留学生が入寮し、先日は開所式を行った。山上国際学寮は、異なる背景を持つ学生たちが共に学び共に育つことを願い、Unity and Diversity(多様性を認めあいながら、一致を目指す)を目標として掲げている。

開所式で私は次の話をした。「若い日の出会いは生涯に大きな影響をあたえる。私の場合は、世界学生キリスト者連盟の会議に参加したときの経験であった。同じ分団の韓国の青年が私に何くれとなく親切にしてくれた。それを私は同じ東洋から来た貧しい学生同士の親しさと思っていたが、実は、彼は日本植民地下で抵抗運動に連なった家族が拷問されたり殺されたりした辛い経験をもっていたのだった。会議の参加が決まったときも、はたして会議で日本人に出会ったときに自分の中にある憎しみを抑えられるかと悩んだという。そして、最初に出会った一人の日本人に憎しみの代わりに親切を示すことができるようにと、毎日祈って参加したのだという。そして、会議の最終日に『あなたを許す』と言ってくれた。そのことが、私のその後の生き方の方向性を決めたといっても過言ではない。皆さんも、この山上国際学寮で良い出会いをするよう願っている。」

帰宅すると一通の手紙が届いていた。親戚の女性が留学先のドイツで、その地の牧師に大変世話になっている。その牧師は神学生の最終学年でNCC宗教研究所の研修で来日し、最後は富坂に泊まって、私の属す代々木上原教会に出席したのであった。広島を見たいという彼に私が広島YWCAの友人を紹介したことも覚えていて、原爆被害の広島だけではなく、侵略の基地広島も見せてもらったことが忘れられないと言い、そのお返しに、日本からの学生を親身になって助けてくれているのだという。 一つ出会いが次の出会いを生む、そのように豊かな出会いが富坂の地で生み出されるように、山上国際学寮の働きに主の導きを祈っている。

(すずきれいこ・CEAM財団 理事)




『日韓キリスト教関係史資料V』のこと
日本聖公会 京都聖三一教会 牧師 井田 泉

日韓キリスト教関係史研究会は『日韓キリスト教関係史資料V』の編集・出版を目的として、2007年春に発足しました。研究会の正規メンバーは11名。他に多数の協力者を得ています。

今から14年前の1995年、富坂キリスト教センター編『日韓キリスト教関係史資料U』(新教出版社)が刊行されました。これは韓国(朝鮮)が日本の統治下にあった時代の中・後期、1923年から1945年まで23年間の資料を集めたものです。今回の「V」はこれの続編で、1945年の日本の敗戦、韓国・朝鮮の解放から比較的最近まで、約60年の期間を扱おうとするものです。

現段階での予定している目次(案)は4部構成です。

    T 日本の敗戦以後における日韓キリスト教の関係と交流――1965年の日韓国交回復に伴う日韓教会交流の回復が中心的テーマになります。

    U 韓国の民主化運動と統一問題に対する日韓キリスト教の取り組み――1970年代から80年代にかけてのこの時期が、資料集全体の中核部分となるでしょう。座長の東海林勤先生は研究会の中で次のように提起されました。「韓国の民主化運動を知ったとき、私たちを含む多くの、フツウの日本市民が、尊厳なる他者と出会った。しかも集団的に出会った。それは私たち自身をも尊厳なる人格として自覚するように、またそのような社会として新しくなるように、という促しでもあった。」

    V 日本の朝鮮植民地支配への謝罪と戦後補償に対する日韓キリスト教の取り組み――韓国民主化運動、またそれに対する日本の教会の協力・連帯は、日本の教会の自己認識(戦争責任・戦後責任に対する自覚)と新しい取り組みを促しました。いわゆる「慰安婦」問題もここで取り上げられることになります。

    W 在日韓国・朝鮮人に対する日韓キリスト教の取り組み――指紋押捺撤廃運動を含め在日韓国・朝鮮人の人権問題への取り組みなどがここに含まれます。

しばらく前、研究会で韓国基督教長老会総会の決議「神社参拝ほか日帝への協力に対する罪責告白宣言文」(2007年9月13日)が紹介されました。ここには三つの告白が記されています。

「1. 神社参拝の罪を悔い改めます。2. 日帝の侵略戦争に協力した罪を悔い改めます。3. 神社参拝と日帝への協力の罪を懺悔し、精算できなかった罪を悔い改めます。」 「私たちは教会が再び神と民族の歴史の前に恥ずかしい過誤を犯さないように、私たち自身の恥さらしな罪悪を記憶し、歴史の教訓として長く大切にしていきます。信仰と良心の自由、民族自主の精神をもって出発した韓国基督教長老会は、いかなる不義と暴力にも屈服せず、神の言葉を永遠の真理として宣布しながら韓国教会の改革と正しい成長、そして新しい時代を迎えるため和解、平和宣教に積極的に先頭に立っていきます。慈悲深い主よ、過去の私たちの罪悪を寛大に赦してくださり、100年前この地の教会の上に降された聖霊をもう一度この地のすべての教会と信徒の心に注いでくださることをひれ伏して願い求めます。」

このような資料に触れると、資料集第2巻で詳細に扱われた問題が今日に直結していることに衝撃を受けます。

通常は関東、関西に別れて会合を重ね、年に数回合同の会議を開いています。京都市左京区北白川にある財団基督教イーストエイジャミッションの建物の一室を作業に使わせていただき、大変助かっています。昨年から今年にかけて、資料集編纂の韓国側協力者の中心的存在である延世(ヨンセ)大学校の徐(ソ)正敏(ジョンミン)教授が日本に滞在され、貴重な貢献をしてくださいました。昨年6月21日にはセンターを会場に、同教授による公開講演会を開催できたことも有意義でした。

研究会の中では、資料についての報告、討議に関連して、文字ではなかなか知り得ない今の日・韓の教会の生きた現実に触れたり、韓国の讃頌歌を歌ったりすることもあって、予想外の楽しみを味わうこともあります。とはいえ膨大な資料と、韓国語資料の翻訳を含む今後の課題の重さを前に、途方に暮れることもないではありません。しかし韓国には「シジャギ パニダ」(開始すれば半分できたも同じ)という言葉があります。

この資料集が、日本の教会の歩みを韓国との関わりの中で具体的に振り返らせ、今とこれからの私たちに必要な指針と促し、力を与えてくれるものとなることを信じます。 この資料集の必要性を訴え、詳細な構想を用意して強い推進力となってこられた土肥昭夫先生が、昨年3月末、突然天に召されました。先生のご遺志を継承して完成を急ぎたいと思います。

(いだいずみ・日韓キリスト教関係史研究会主事)




「国公立学校における宗教教育」研究会を終えて
立教大学名誉教授 鈴木 範久

2006年4月から3年間にわたって開催された「国公立学校における宗教教育研究会」は、本年3月をもって予定通りひとまず終わることができた。この間、毎年5回の例会と1回の合宿による会合がもたれた。研究会の目的は、次のように考えられた。

戦前の偏った国家神道的教育の結果、戦後になって憲法の信教の自由・政教分離の厳格な適用は、私学は別にして、国公立学校において、宗教教育の敬遠をもたらした。しかし、宗教に関する知識教育さえも行なわれていない現状は、特定の宗教集団や擬似宗教集団による社会的問題を惹起した。それでなくても、現に身辺の生活は宗教に関する適切な理解なしには成り立たないし、国際化は世界の宗教についても適切な理解が求められている。他方、道徳的教育、情操教育の促進の見地から宗教教育を求める声があがっているが、その要望は宗教団体や特定の政党をバックにしてなされる傾向がみられる。そのため、日本の教育の大半を占める国公立学校における宗教教育の可能性、方法を、一切の偏見を排除して探ることを目的として研究する必要がある。

研究会の構成員をレギュラーから紹介すると、カルマノ・ミカエル(南山大学学長)、頼住光子(御茶ノ水女子大学教授)、播本秀史(明治学院大学教授)、貝塚茂樹(武蔵野大学教授)、磯岡哲也(淑徳大学教授)、フィルス・ドロシア(オーストラリア、モナシュ大学、成城大学客員教授)、ゾンターク・ミラ(富坂キリスト教センター総主事)、鈴木範久(座長、立教大学)の8名である。いずれも宗教学、教育学、思想史学とその周辺の学問の専門家である。加えて合宿時のみであるがシュワーブ・ウルリヒ(ミュンヘン大学教授)、イー・チュン・スン(韓国平和と人権と宗教教育研究所所長)の両名の参加があった。

進行方法としては、最初はフリートーキングのようなかたちで、問題意識の深化がはかられ、後半では、一定の問題につき1、2名の問題提起があり、その後討論がなされた。はじめのうちは少し固さがみられたが、すぐに打ち解け、毎回時間が足らないほどとなる。もっとも遠くから参加していたのは名古屋のカルマノ氏であったが、会合は楽しいと言って一度も休まず新幹線通勤を続けたほどである。

会合の結果、いかに、一般に称されている「宗教教育」の概念があいまいであるかが明らかになる。また「宗教情操」という言葉も、それ以上に問題の多い言葉であることが判明した。そのため、後半では「宗教教育」でなく「宗教を考える教育」として話を進める方向に変わる。

成果に関しては、できれば本年内に、宗教に関する公教育の歩み、宗教を考える教育の必要性、その概念、学校教育の現状、道徳教育との関係、宗教を考える教育の内容、教材、教員養成、諸外国の具体例などを盛り込み、単行本として公刊する予定である。最後に、そのための調整の会合が、少なくとも後1、2回必要であることを付け足しておく。

(すずきのりひさ・宗教教育研究会 座長)




財団各事業のロゴマークを制定
ゾンターク・ミラ

富坂キリスト教センターは様々な形で社会問題に取り組んできたが、30年以上の歴史をもつ富坂の活動をわかりやすく表すマークのようなものはこれまで特に定めてこなかった。しかし、東アジア平和会議を他団体と共催するなどの活動も数多くあり、センターの存在をアピールする必要性は感じられていた。そうした経緯もあり、今年4月、「山上国際学寮」をはじめ、財団法人基督教イースト・エイジャ・ミッション(以下、CEAM財団)としての活動が新しくスタートしたのを機会に、今まで見えにくかった財団の活動それぞれに「顔を与える」4つのロゴマークを制定した。その作成にあたったわたしたちの意図を簡単に説明したい。

黄緑と黄色の銀杏の葉(CEAM財団)

ゲーテは有名な詩「銀杏の葉」で「これはもともと1枚の葉が2つに分かれたのでしょうか?それとも二枚の葉が互いに相手を見つけてひとつになったのでしょうか?」と歌っている。財団のマークのイメージには富坂センターの玄関前にある古い銀杏の木を選んだ。戦後に創設されたCEAM財団だが、その活動の歴史は明治期の東アジア・ミッションに遡ることができる。東アジア・ミッションはゲーテが活躍したワイマールで、1884年に「国籍は天国にある」と考えたドイツ、スイス両国のキリスト者によって結成されたが、第二次大戦を背景にドイツとスイスの各ミッションに分裂してしまった。CEAM財団はこの両者の日本における遺産の継承者であり、銀杏のマークにはゲーテの詩に寄せて、それぞれの間に祝福された協力関係が保たれるようにという願いが込められている。

オレンジ色の野の百合(富坂キリスト教センター)

人がなす業はややもすると神からの隔たりを生み出してしまう。マタイ伝6章の「空の鳥」と「野の花」からは、それに対する批判を読み取ることができるだろう。富坂センターは人間社会に対する神の影響力を重視する社会倫理の研究に学際的に取り組んできた。野性的なオレンジ色の百合の花はマタイ6章の「野の花」を表わしている。


生き生きした緑に輝く山(山上国際学寮)

山上国際学寮という名は3年前に小さな女子寮として始まった「山上(さんじょう)学寮」の名を継承しているが、寮の地理的な位置だけでなく、イエスの「山上の説教」に因んで命名された。イエスは「この群衆を見て、山に登られた。腰を下されると、弟子たちが近くに寄って着た。そこで、イエスは口を開き、教えられた」と書かれているように、山上国際学寮に「群衆」、つまり「不特定多数の人々」を集め、イエスが示された生き方の修練の場としたいと考えている。山は古来「天」と「地」をつなぐ媒体とされる。聖なる山とは世界の真ん中(地球のへそ)にあると考えられた。その山に登ることは、人間としてその人格を鍛えることを意味した。自分の置かれている場を自分にとっての世界の中心と認め、そこから一層よい世界の実現に手をつけていくことを入寮する寮生たちには期待したい。

オリーブの枝と鳩(京都宗教学際研究所)

京都市左京区にオリーブの枝のように育ちつつあるこの研究所は、宗教間対話や宗教の学際的研究を通して一層平和的な国際社会の建設に貢献しようとしている。創世記8章10-11節のイメージを借りてきているが、人類は洪水をもって刑罰された後に、この鳩は神の怒りが収まったことを知らせてくれた。その後、新しい契約が結ばれる。人類の罪を洗い落とした洪水は現在まで洗礼式のイメージ重ねあわされているが、ノアの鳩はその際にもまた信者に与えられる神の平和を表わしている。

(ぞんたーくみら・TCC総主事)




山上国際学寮 正式にスタート

岡田 仁

去る5月15日、山上国際学寮開所式が富坂キリスト教センター1号館で執り行われました。寮生はまだ8名程ですが、寮そのものは大改修工事を終え、4月からスタートしました。当日、会場には運営委員、職員、寮生のほかご近所の方も駆けつけて下さいました。前奏に導かれたあと、韓国キリスト者尹(ユン)東柱(ドンヂュ)の『序詞』に耳を傾けました。彼は高い理想を掲げ、人類の平和と和解を目指した詩人です。その後ゾンターク総主事(前所長)より、寮の名称とロゴマークが山上の説教に由来するものであり、お互いの視野を広げるような出会いから生まれる尊敬と責任感をもって幅広く将来活躍してほしいとの期待が述べられました。聖書朗読(山上の説教)に続き、運営委員長の鈴木伶子CEAM財団理事より式辞をいただきました。ご自身が学生時代に体験されたエピソードを交え、国籍や文化の違いを越え、互いに多様性を受け入れ共存していくことの大切さを願うメッセージが熱く語られました(本号の巻頭言参照)。運営委員紹介のあと第2部に移り、職員の金子さんの司会で終始和やかな雰囲気のもと食卓を囲みながら互いを知り合う良き機会となりました。シュナイダーEMS総会議長(牧師)からも祝辞もいただき、国内外の多くの方の祈りに支えられてこの日を迎えることができたことを思い、感謝に溢れました。以下は、ご近所のFさんからのお便りです。「先日は開所式にお招き頂きありがとうございました。未来に希望溢れる若い皆様方にお目にかかれてとても良かったと思っております。また、高い理想のもと運営に当たる皆々様の誠意と熱意を感じることができて、近所に住む者として大いに安心致しました。(中略)良い寮生が沢山入寮されると良いですね。先ずは御礼まで」。

今の時代に求められているのは、知識や技能だけでなく、コミュニケーションの力と他者の痛みへの想像力ではないでしょうか。過去を想起しつつ将来への希望に立って生きることの大切さを思います。この寮に繋がる一人ひとりが「多様性と一致」「明日への命」の理念に常に立ち返りつつ、出会いと交流を通して共に成長してゆくことができればと切に願ってやみません。今後とも皆様のご理解とご協力をよろしくお願い申し上げます。

(おかだひとし・山上国際学寮所長)




【おしらせ】 施設指導者養成講習会のご案内

この度、下記の要領で施設指導者養成講習会を行いますので、ご案内申し上げます。この講習会は、不特定多数の人々や社会に奉仕するキリスト教関係職種の実習諸施設(教会、社会福祉施設、病院、刑務所など)の指導者(牧師)の資質向上を図ることを目的とするものです。

世界のグローバル化、宗教多元主義、個人主義化の時代といわれている昨今、現代社会に生きる多くの人々が心に悩みを持ち、将来に不安を抱えているにもかかわらず、公共施設を含め具体的かつ有効な対策や取り組みがなされているとは言い難い現状があります。100年以上も前から全国各地で展開され実施されている多くの教育施設や医療、高齢者など社会福祉施設などの多くは、世に仕えることに基本的理念をおく教会の働きに由来しています。世界中を見てもその公的な制度と働きの広がりと実績は明らかです。教会は、わが国のみならず、欧米、南アメリカ、アジア、アフリカ諸国においてそうであるように、混沌かつ殺伐とした閉鎖社会のなかで、小さくされ、貧しくされ、弱くされている人々に寄り添い、奉仕するべく広く社会に貢献してまいりました。変動の激しい社会状況下で、ますますその使命の意義と重大さを認識し、実践することが求められています。教会は、今後も人々と社会、いのちに奉仕します。この外に向かっての奉仕のために、その施設長たる指導者研修の充実、その信仰、基本的理念に対する十分な理解、内的集中が強く求められているのです。まず、全国にあるキリスト教会が、単なる宗教施設の枠を超えて、それぞれの地域、現場において不特定多数の人々、子ども、若者、大人たちを無条件に受け容れ、緊急かつ深刻極まりない苦悩と困難を抱える人々の避難所、療養所となって、教会の外への奉仕に十分につくことができるように、祈りと研修の時と場、内的集中の場を持つ必要があるのではないでしょうか。そのような全国の施設の責任を担う長(教会であれば牧師)の役割、職務に関する講習会を開き、さらに必要知識と技能を習得するため魂の配慮に関する訓練ならびに研修を行いたいと思います。どうか覚えてご参加下さい。指導者養成講座は、今後牧師研修以外の他の分野においても開催する予定です (担当主事・岡田)。

日 時 :2009年8月31日(月)−9月3日(木)

場 所 :聖公会ナザレ修女会エピファニー館 (〒181-0002 三鷹市牟礼4-22-30)

講 師 :ベルトルト・クラッパート教授(ドイツ)

(詳細は別紙をご参照下さい)

定 員 :20名。原則として全期間出席可能な方

参加費 :15,000円

(交通費が1万円を越える場合、上限1万円まで補助いたします。ご相談ください)

お申込みは富坂キリスト教センターまで




ドイツから直行便で

経済危機と教会合併 ―ベルリンの壁崩壊20年―

相賀 昇

今年2009年は史上最も醜悪な建造物と言われたベルリンの壁が1989年に崩壊してちょうど20周年にあたる。壁崩壊とともに教会もまた東西統一が実現したが、私がお世話になったベルリン・ブランデンブルク福音主義教会(EKiBB)は旧西ベルリン地区と旧東ベルリン地区、そしてその周囲のブランデンブルク地域が合併。異なる社会体制を経てきた東西の教会同士が合併を遂げた唯一の教会となった。

ちょうど1994年からEKiBB監督(ビショーフ)となったフーバー牧師が自らを「東西の縫い目の教会」と称していたことを想い起こしていたところ、今はドイツ福音主義教会(EKD)評議会議長でもあるフーバー監督によって、去る3月28日の「ノルトキルヒェ」(以下、北部教会)設立決定を歓迎する声明が出された。この北部教会とは、ドイツ最北部に位置する3つの州教会、すなわちノルトエルビッシェ教会、メークレンブルク教会、ポンメルン教会が合併してできた新しい教会の名称である。

3教会ともオストゼー(バルト海)に面し、レンガ造りのゴチック様式の教会堂、そして北ドイツ的な敬虔といった特徴を共有するルター派の教会である。しかし壁の崩壊までノルトエルビッシェは旧西ドイツ、後の2教会は旧東ドイツに属したことから、変革の前も後もそれぞれ伝統と経験を異にしてきた教会同士であることは違いない。 ある人は2007年頃から本格化したこの3教会の合併への歩みを、3本のマストを持つ帆船にたとえて、荒海のなかで格闘しつつ母港へと向かう船旅であると述べていた。まさに3教会の指導者たちの粘り強い交渉の末、3月末の各々の総会において必要な3分の2の票を得、まさに壁崩後20年を経てルター派教会として初めての合併教会が生まれようとしている。この北部教会という未来の船は難破を免れついに母港へと辿り着いたわけだ。

いまその複雑困難な航海日誌を開示できないが、合併をめぐって特に3つの改革ポイント、すなわち、財政、賃金交渉権、所在地の問題が焦点となった。

財政に関しては、教会員数からすればノルトエルビッシェが210万人、メークレンブルクが20万人、ポンメルンが約10万人という開きがあるが、ノルトエルビッシェ教会が当面4.8%の収入減を引き受け、それに対しメークレンブルクは25%、ポンメルンは21%の増収となるという。

次に賃金交渉権の問題は労働組合をめぐる問題だが、旧東独教会の人にとって国家の組合との交渉体験から、かつての教会反対者が今度は交渉のパートナーとなることがネックとなった。

しかし最も困難を極めたのは意外にも所在地の問題だった。2008年6月、リューベックを合併教会のセンターとすることで一旦は一致を見たのだが、移転予定者側から反対が起こり、2009年の2月5日、ラーツェブルク大聖堂にて妥協点をめざす劇的な事前交渉が行われたという。その結果、新しい州教会の宗務局はキールに置き、監督局はシュベリーンに居を構えることとなった。


レンガ造りのシュベリーン大聖堂

かくして北部教会という船はひとまずキールという停泊港を得たわけだが、そのキャプテンはまだ不在であり、新しい指導者の選出は2012年5月27日のペンテコステになされる最初の総会前まで持ち越される。

先に触れたフーバーEKD議長は、今回の合併を「ドイツ・プロテスタント主義の変革能力をさらに明瞭に示した」と評価した。とにかく毎年20万人以上もの教会退会者によって教会税が減少し続けているところに、現下の経済危機が追い討ちをかけ、EKDの予測では2030年に財政力は半減、会員数も3分の1に落ち込むと見られる。教会の節約や改革はもはや各州教会内にとどまらず、いよいよその境界をも超えて行かざるを得ないことを思わされる。

(あいがのぼる・日本キリスト教団田園都筑教会 牧師)




ひと・ひと・ひと
岡田仁(Okada Hitoshi)さん

今号のこの欄は『富坂だより』ではすでにおなじみの岡田仁さんを改めてご紹介いたします。今年2月にドイツ留学からもどられ、新設の「山上国際学寮」の所長に就任、入寮者を集めるために奔走しつつ、この夏に行われる研修会の準備に追われる日々をお過ごしです。そんな忙しさのなかにいらっしゃる岡田さんに話を伺いました。

大阪生まれの岡田さんは関西学院大学神学部を卒業したあと、長崎の佐世保比良町教会、東京に移ってからは駒場エデン教会で牧会に携わってきました。牧会の研修のためのドイツ留学の様子は何度か『富坂だより』に書いていただいています。

学生時代、牧師になるための実習で沖縄、筑豊、水俣を訪れ、戦争体験、炭鉱労働、そして水俣病に直面し、現場で人間の現実の生の声に接したことが岡田さんのその後の人生に大きな影響を与えたといいます。特に水俣にはその後、牧師としてではなく、一個人として再訪し、5年半の歳月を過ごされました。始めはよそ者扱いだったのが、徐々に受け入れられ、水俣病患者の方々がそれぞれに抱えているそれぞれの現実、思い、苦しみ、怒りに接し、その中で岡田さんは教会の在り方、自らの牧師としての在り方をくり返し問い続けます。水俣での経験はこの春刊行された共著『低きに立つ神』(コイノニア社刊)に書かれています。ある日、駅までの道を歩きながら、ふと眼をあげた岡田さんは青く輝く海に目を奪われます。その強い太陽の光を照り返して輝く美しい不知火の海は深い底に猛毒を沈めもっている――。このシーンが強く印象に残りました。

若き日の水俣での経験は大きな財産であるとともに、そこから生涯問い続けていかなければならない課題を与えられたと岡田さんは訥々と語られます。水俣で人と人とのつながりの大切さを体で感じ、その後、決意を新たに牧師としての道を歩み始めたそうです。新しいスタートを切った山上国際学寮の運営にも岡田さんの実直で真摯な態度が生かされていくことでしょう。 (編集委員会)



編集後記

一面に掲載したのは韓国の民主化運動に教会が積極的に関わっていたことを示す新聞記事です。民主化運動に関わった牧師、信徒が多数逮捕・拘束され、また大学教授が解職されるという事態をうけて、大韓イエス教長老会が全国の教会に呼びかけ、1981年10月25日の宗教改革記念日に行った礼拝の様子を伝えています。横書きの大見出しには「苦痛を受けている兄弟と共に泣こう」とあり「全国教会、一斉に拘束者・解職教授・私学法改正のための礼拝」と添えられています。縦書きの見出しには「愛・正義実現を強調」「継続的祈祷・関心を確認」「総会社会部で献金受付」と書かれています。この礼拝は大韓イエス教長老会総会決議(1981年9月26日)にもとづくもので、民主化運動に教団全体で参加したことを示す歴史的な資料と言えます。当日は全国の教会で同じ聖書箇所が朗読され、用意された同じ説教が語られたそうです。

○長年センターの事務を務めてこられた山本秀雄さんと志方光代さんがこの6月で退職なさいました。『富坂だより』の発送作業などでもご協力いただきました。長い間おつかれさまでした。

○今号から「財団法人基督教イースト・エイジャ・ミッション」を便宜的に「CEAM財団」と表記することにいたしました。富坂キリスト教センターの「TCC」と並んで、親しんでいただければ幸いです。 (「富坂だより」編集委員会)

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