『富坂だより』 30号
 2012年12月

特集:「いのちと平和への責任」

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  巻頭言
「DOAMとSOAMの決断に感謝」」  
当財団理事・センター運営委員長 武田 武長

 今年4月1日より当財団は、新公益法人法による認定を受け、新しく公益財団法人基督教イースト・エイジヤ・ミッションとして再出発した。しかし、これは単なる新公益法人制度に対応する移行措置に過ぎなかったのでは決してない。ここに至るまでの長い内的なプロセスこそ限りなく重要である。

 TCCの旧理事会は2002年に「将来構想」を採択したが、その道は思いがけず先ずTCCの財団との関係の諸問題を検証しその過去を清算することへと導いていった。TCCはそれまでの擬制としての理事会を主体的に解消し、財団と名実共に一体化し、財団の中の事業部門となることを決断した(2008年3月)。旧TCC理事会は割れるような危機を克服してこの一体化をやり遂げたのだった。

 それは財団とSOAM(スイス東アジアミッション)およびDOAM(ドイツ東アジアミッション)との関係という根本問題に逢着することでもあった。それは、<日本にあるかつてのOAM(東アジアミッション)の遺産をその分割し得ぬ一体性において継承し守る責任がある>という共通認識へと、われわれを導いていった(2003年「ロマンスホルン合意」)。この内的なプロセスの最後の問題は、DOAMとSOAMがWCC(世界教会協議会)の「ニューデリー原則」(1961年)を、この日本におけるOAMの遺産である財団に真に適用し、財団を法的に完全に「日本のキリスト者の手に委譲し」(BMW[ベルリン宣教局]とEMS[南西ドイツ宣教局]とDOAMの合意書第3条)、財団の「寄附行為」に替わる新しい「定款」を主体的に策定させ、新しい財団をして真に対等なパートナーたらしめることであった(2009年合同協議会)。

 この長く険しい道のりを、幾度も危険な疑惑や誘惑を克服しつつ、共に歩みぬき、ついにこの宣教神学的決断を敢行したDOAMとSOAMに深甚の敬意と感謝を表したい。

(たけだ たけひさ//当財団理事・センター運営委員長)




 
10月6日公開講演会報告 「災害における社会的弱者と教会はどうより添うのか?」 第2回
李 明生

 2012年10月6日(土)14時より富坂キリスト教センターとNCCドイツ教会関係委員会との共催により「災害における社会的弱者と教会はどう寄り添うのか?」という主題での第2回講演会が、高橋哲哉氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)を講師に迎えて富坂キリスト教センターにて行われた。これは2013年2月にドイツ・ハンブルクで行われる日独教会協議会に向けて、日本社会の諸現実に対するキリスト教会の立ち位置を再確認するための連続企画である。同じ主題のもとで、第1回講演会は4月27日に同じく富坂キリスト教センターで行われ、東日本大震災の被災地の現状を聞くことを主眼として、福島第一原子力発電所事故後の福島の現状と原発の問題点について、また外国人被災者の現状についての報告が行われている。

 第2回である今回は、キリスト教会と社会の関わりについて、教会の外側の視点から分析することを意図し、今年1月に「犠牲のシステム 福島・沖縄」(集英社新書)を出版された高橋哲哉氏からお話を伺うこととなった。高橋氏は「靖国」を始めとする日本社会における「犠牲のシステム」と、キリスト教思想における犠牲概念との関係について論じる。関東大震災の際に内村鑑三が「天罰論」を展開し、莫大な代償を払って日本の天地は一掃されたと理解したことは、東日本大震災にあたっての石原慎太郎都知事(当時)の発言と同じ論理構造を持っていることを指摘する。また併せて内村「非戦主義者の戦死」を引用し、それらに共通するのは、非業の死を遂げた者の死を、生き残った者が贖罪死として位置づけ、生き残った者の中にその意味を回収しているという点であると高橋氏は主張する。この犠牲を美化・正当化する論理は,ただ内村だけのものではなく、日本の宗教界に広く見出されると指摘、ハンセン病患者の隔離を正当化する論理として作用したと述べる。そしてキリスト教会のイエスの十字架死に対する贖罪理解への疑問が提起された。

 高橋氏の講演に対して、キリスト教会からのレスポンスとして、菊地純子氏(NCCドイツ教会関係委員会委員長・日本キリスト教会)が応答した。菊地氏は、たとえ日本社会の犠牲のシステムとキリスト教会の贖罪理解の間に同じ論理構造があるとしても、果たして論理構造が同じであれば同じ結果をもたらすと言えるかと指摘すると共に、キリストの犠牲はあくまで一回性の出来事であり、人間一般に適応することはできないのではないか、と応えた。

 これに対して高橋氏からは、たとえ犠牲をキリストの十字架死の一回性にのみ認めたとしても、歴史的には殉教などが美化されてきたことが指摘された。そして論理構造が同じであれば結果が同じであるということではなく、むしろ本来異なるものであるはずが、すり替えられてしまうのはなぜかと考えた時に、犠牲論理が問題になるのではないか、そして贖罪論以外の聖書の読み方の可能性があるのではないか、とりわけホロコースト後の「神はどこにいるのか?」という問いの中で、神とは何かが問われ始めているのではないか、と述べた。

 フロアからは、「犠牲」と「贖罪論」について、また「身近な者の死をどのように受け止めるか」といった質問が出された。高橋氏はそれらに対して、犠牲の論理は生き残った者にとっての利益の論理であり、「・・・のための死」という論理は危うさを有していることを指摘する。個人的な関係では、それが意味を持ちうるとしても、個人の関係を公の関係に置き換えることは危険であると述べ、死ではなく、生と命の営みに関わることが重要ではないかと応えた。

 総括するならば、今日の日本社会の中で、一人一人の生にとって意味あるものとして「良き知らせ」を分かち合うためには、これまで以上に多層的に聖書のメッセージを読みとっていくことが重要であることを改めて問われたセミナーとなった。

(り あきお/日本福音ルーテル三鷹教会牧師)




「国内植民地沖縄」で

三村 修


 宋泉盛氏が呼びかけ、2007年3月、サンフランシスコのGTU※を会場に小さな会議がもたれた。テーマは「アジア・太平洋・北米における神学教育の再編とGTUの協働」。会議に集まっていたのはアジア、太平洋圏で活躍している神学者たち。私がそこで何度も聞いた言葉が「ポストコロニアル」であった。その言葉は、当時の私には自分の足もとの問題として響くものになっていなかった。

 沖縄宣教研究所は「沖縄の『現実』に立脚し、互いに研鑽と学びを深め、新時代へ向けての宣教の理念と方策を探り、その成果を内外に発信し、宣教の前進に寄与することを目的とする」エキュメニカルな研究グループ。会員数約40名。この沖縄宣教研究所は、2009年から2010年にかけて、「ベッテルハイムと琉球伝道」をテーマに、講演会やシンポジウムを開催してきた。そして2010年11月には「植民地主義とキリスト教――『韓国強制併合100年』を覚えて、沖縄で『日本による植民地支配』を考える」という集会を開催した。

 2011年2月、岡田主事と共に沖縄宣教研究所事務局長の神谷武宏(普天間バプテスト教会)牧師を沖縄にお訪ねし、沖縄宣教研究所と富坂キリスト教センターとの共同研修会の可能性について共に探った。この沖縄訪問で私は「国内植民地沖縄」という言葉を初めて聞くことになった。それは、沖縄宣教研究所が沖縄の苦悩の根源を言葉にする努力の中から生まれてきた言葉といってよいだろう。そして、それは私の足もとを揺さぶる言葉だ。

 共同研修会に先だって、富坂側としては、2011年8月に富坂キリスト教センターを会場に、神谷牧師と村椿嘉信牧師から沖縄の現状と宣教の課題についてお話をうかがう研修会を開催した。そして沖縄宣教研究所側の研修会が、今年8月19日(日)午後3時から、沖縄キリスト教学院を会場にしてもたれた。テーマは「(新)植民地主義と宣教」。私は岡田主事と共に出席させていただいた。

 会場には百人ほどの牧師、信徒が教派を超えて集まっていた。饒平名長秀牧師が「沖縄の歴史と文化」について、平良修牧師が「沖縄の基地と平和」について発題した。その後の質疑応答では、「どうしたら沖縄の基地が無くなるのか」、「オスプレイが安全なら、沖縄に配備されても良いという話ではない、問題を矮小化してはならない」、「日米安保破棄のための国民運動を起こさなければならない」、「国連改革が必要だ、そのための理念を出せるのがキリスト教だ」というような議論が熱くかわされた。

 翌日、夕食を共にしながら、沖縄宣教研究所の理事5名の方々と、共同研修について話し合いの時をもった。富坂側からは岡田主事、村椿嘉信牧師、三村の3名が出席した。

 富坂キリスト教センターのこれまでの研修は、いわば牧師たちの強化合宿。沖縄の研修会は、今回の研修会のように牧師や信徒が大勢集まる。一方、泊まりがけの研修はあまりないという。富坂キリスト教センターと沖縄宣教研究所が共同で実施する研修会は、どのようなものになるのか。そのイメージを合わせてゆくところから話は始まった。

 2013年2月に第1回目の共同研修会を持つことで私たちは合意した。では、研修のテーマは?「国内植民地沖縄で〜」というのはどうですか、という意見が真っ先にあがり、議論は深められていった。

 2月に持たれる共同研修会は、いったいどのようなものになるだろうか? 沖縄から、また沖縄県外からの参加者たちが、共同の学びの中で、これまで出会ったことのない価値と出会い、それがきっかけとなって、新しい世界が開かれてゆくような研修会になることを願っている。

 ※GTU:連合神学大学院

    ■沖縄宣教研修所・富坂センター共同研修会
    主題=植民地主義と神の国の宣教    〜沖縄で聖書を読み直す〜
    日時=2013年2月26日(火)−28日(木)
    会場=ペンション美留(沖縄県国頭郡恩納村)
    参加費=15,000円
    申し込み締め切り=2012年12月25日(定員40名)
    お問い合わせ=富坂キリスト教センター
    電話 03-3812-3852 FAX 03-3817-7255
    お問い合わせいただければ詳細をお届けします。
(みむら おさむ/センター運営委員・教団佐渡教会牧師)




山上国際学寮 報告 「証言を聴く〜ナガサキとオキナワから」
岡田 仁

 当学寮では、毎年夏に国際相互理解プログラム「平和を覚える学習会」を、秋に市民公開文化講演会を開催しています。今年は、村山季美枝さん(文友会会長)と親里千津子さん(日本基督教団県町教会会員)にお越しいただき、現代を生きる私たちが傾聴すべき大変貴重な証言をそれぞれ伺いました。

  ○「わたしの被爆体験(ナガサキ)」(7月22日)

 証言者の村山季美枝さん(順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター生体分子研究室客員准教授・医学博士)は、5歳の時に長崎の南観音町(爆心地から2.3キロ)のご自宅で被爆されました。長崎の人口24万人に対し、死者行方不明者は7.3万(全体の31%)、5年後には14万人に膨れ上がったということです。原爆は、放射線障がい、熱線被害、家の倒壊などによる木材、ガラス、コンクリート他による外傷だけでなく、情報不足による風評被害、つまり、「ケロイドはる」などの急性期精神障がいと、未だに拭いきれない慢性的風評被害が被爆者の心の病になっているといいます。広島平和記念公園内の原爆慰霊碑の言葉「やすらかにお眠りください。過ちは二度とおこしません」。誰が過ちを犯したのか、主語が記されていない、との言葉が印象的でした。

   村山さんとご家族の被爆状況は大変生々しく、言葉にできぬほど痛ましいものでした。村山さんとお姉様は幼少期に放射線を多く浴びたことで、その後健康への影響が出ました。福島の原発事故で子どもを重点的に避難させたことは正しい判断だったと述べられました。核に関して様々な考えや立場がありますが、事実と実態をまず正確に知り、それを隣りの人に伝えていくことが何より大切なことだと教えられました。  最後に紹介されたのは、お姉様を亡くされて5年目に詠んだという歌です。

・姉逝きぬ闘病27年余つきまとひたり「原爆の影」
・戦後はや63年やうやうに被爆者救済迫り来る老
・原爆の非人道を怒りしも加害の歴史しかと見詰めむ
・正当なる言ひ分けなぞ無し戦ひを捨つる勇気と核の廃絶

○「ちーちゃんの沖縄戦〜いま平和を語り継ぐ」 (9月28日)

 「戦争も平和も人間が作り出すものです」。親里千津子さんは81歳とは思えないほど若々しくエネルギッシュな方で、その証言活動も310回目を数えます。ご自身の戦争体験はもちろんですが、神への信仰が親里さんを突き動かしているといいます。沖縄戦は、住民を巻き込んだ地上戦で、「国体護持」のために沖縄を捨石とした持久戦でした。親里さんは当時13歳。戦地では兵隊が住民を守ってくれるどころか彼女彼らを豪から追い出すなど、人間が人間でなくなる戦争の酷さを見せつけます。親里さんも目の前でご自分の母親と祖父を失い、戦場を逃げ歩きます。戦後の講和条約で日本は米軍基地を余儀なくされ、「本土」の基地の75%が沖縄に押し付けられ、いまなお沖縄は基地の爆音や訓練の流れ弾に悩まされ、戦争の恐怖を強いられています。70年近く経ったいまもなお沖縄は差別され続けているのです。「平和」は黙っていていつでもあるものではなく、絶えず創っていくほかない。

 米国オハイオ州で「第九条の会」を設立したチャールズ・オ−バービー博士は、「日本の皆さん、平和憲法第九条は日本の宝です。世界の国に広げましょう」と語りました。コスタリカ共和国の例も紹介されましたが、どこの国も武器を持たなくなれば攻めてくることはないのです。

 著書「ちーちゃんの沖縄戦」は12年前に英語版が出版され、いまも多くの人に読み継がれています。きちんと対話をすれば人は分かり合えるはず。世界に誇る平和憲法を変えて戦争のできる国へ向かおうとしている今、「戦争を起こすのも人、これを防ぐ努力のできるのも人です」との親里さんの言葉を私たちはしっかりと受け止め、平和を創りだす人とされたいと願います。

 村山さん、親里さんのご奉仕に心からお礼を申し上げます。また通訳の労を取られた元寮生の竹内身和さん、ボランティアの菅沼方子さん、ご参加下さった皆様に心から感謝を致します。今後もこのようなプログラムを計画してまいります。

(おかだ ひとし/総主事・山上国際学寮所長)






児童発達支援事業 「富坂子どもの家」 法改正の流れの中で
 金子恒一

 今から十年ほど前、『アイ・アム・サム(I am Sam)』というアメリカ映画が公開されました。皆さんはご覧になりましたか?ある男性がカフェに勤めながら幼い娘を男手一人で育てていましたが、彼は知的障害により知能が7歳程度にもかかわらず、良き理解者に囲まれながら、娘と二人で幸せそうに暮らしていました。ところがある日突然、家庭訪問に来たソーシャルワーカーによって彼に養育能力なしと判断されてしまい、結果、掛け替えのない愛娘とは強制的に引き裂かれ施設に連れていかれます。その後協力者を得ながらも法廷闘争を経て、条件付きでの親権を保つことができました。結局養育上の必要から、娘は別の里親に預けられてそこで住むことになるものの、彼がその近所に移り住み、娘は毎日のように大好きな自分の父親に会いに来るというものでした。親子の再会を果たすそのシーンに涙しない人はいなかったかもしれません。もちろん大変な話題作となり、父親役の名優はその年のアカデミー賞主演男優賞にもノミネートされました。今思えば、個人的見解ですが、ここではこの父親の医学的見地からの障害がどうであるかということよりも、社会がどのようにして彼自身の社会生活、何より父親としてのごく普通の生活が出来るだけ可能となるように周りの社会的「障害」を減らす工夫がどれだけ出来るのか、そのような問いかけを与えられたような思いでした。
 日本国内においても、障害を持つ一般市民への法的な環境が大きく変わろうとしています。去る6月に国会で成立し、来年4月1日から「障害者総合支援法」が施行されますが、注目すべき点の一つが、「障害程度区分」が「障害支援区分」に改められること。これについては「障害者等の障害の多様な特性その他の心身の状態に応じて必要とされる標準的な支援の度合を総合的に示す」という説明がされていますが、まさに「医学的見地からの障害」の視点から「社会的見地からの障害」という視点への転換ではないでしょうか。そしてこのような法改正に先立ち、児童福祉法も去る4月から改正となり、富坂子どもの家も児童福祉法に基づく施設へと変わりました。特に日常の保育活動が何か変わったかということはないのですが、ここに来ている子どもたちを取り巻く社会的環境のほうはどんどんと音をたてて変わっていくように思いました。
 富坂キリスト教センターとしても2011年度から新しい研究会「社会事業の歴史・理念・実践〜ドイツ・ベーテル研究会」がスタートし、学識経験者や実務家の皆様の協力を得ながら、障害をもった市民との共生社会のこれからのあり方を探り、新しい視点から広く社会に提言することを目指す活動が着々と進んでいます。
 さて大きなお話はここまで。富坂子どもの家に通ってくる子ども達、本当に可愛い、ただそれだけです。開設当初はご近所の文京区内から子ども達が通って来るかと思いきや、現在では中央区や大田区、足立区等から電車バス、又は車で1時間以上かけて送って来られる方もおられます。保護者の皆様の思いに、スタッフ一同日々気が引き締まる思いです。子どもの家では早期療育の大切さをうたっていますが、これは出来るだけ早い段階で子ども達それぞれの発達上の多様な課題に対して、個別に適切なケアを継続して行っていくということです。施設としての制約上、1日10名までしかお預かり出来ないのですが、現在3名の保育スタッフが2歳〜6歳の幼児達ひとりひとりに向き合っています。其々のペースや関心に合わせて思いっきり一緒に遊びますし、思いっきり厳しく叱りもします。また保育室だけでなく、廊下も園長室も自由に行き来しています。さらには130年程前に富坂に来たドイツ・スイスからの宣教師の先生達が残してくれた「園庭」でのんびり植物にふれ、水や砂、土で遊びます。そのような毎日をしっかりと過ごし、いずれこの子たちがそれぞれの個性とタラントを活かして、将来彼らしく社会的足場を築き、もし社会的障害に直面したときは、それらを一つ一つ克服していけるように、そしてさらには高齢化が進む将来の多様な市民社会をしっかり担っていく者となるよう、スタッフは日々朝の祈りから一日の保育を始めています。

(かねこ こういち/法人事務局長・施設長)




京都宗教学際研究所の支援活動として 一年間の研修を終えて

トビアス・エッカーター

 約一年前、禅堂で修行僧を指導する僧侶に自己紹介をした際、「お前は蓮の花の上に座して輝く仏になるためにここに来たのか」と問われました。わたしが答えを述べる前に、僧侶は次のようにおっしゃいました。

 「この世の苦しみと困難からできる限り早く脱し、衆生の沼地から身を引くことが道を究める目的では決してない。むしろ、その逆である。苦しみを抱えるすべての人が蓮の花に辿りつくまで、その茎をしっかりと支えるために修行者は最後まで沼地に留まるのだ。」

 禅堂で修行している間、この僧侶が述べた「支える」ということをどこに見出すべきなのか、折に触れて自らに問い掛けました。この記事で二つの考えを記したいと思います。わたしが修行をしている間、常に向かい合い、先の問いの答えを示すことができると思われる考えです。

 本来、人間に具わる根源的な本性を見極めることである「見性」は、各人の行為や思考、そしてその感覚に対して確かな根拠を与えてくれます。とりわけそれは、あらゆる存在の絶対的な基準点である神と私たちとの関わりにも当てはまります。わたしたちの内にある聖なる神の像を、自身が抱くイメージや望みと交換するのであれば、それはもはや神ではなく、自身が作り上げた幻想を生の中心に置くことになります。ドイツの神秘主義者マイスター・エックハルト(1260年〜1328年)は、牝牛のたとえを用いてこのことを見事に示しています。

 「多くの場合、人は牝牛を見るのと同じように神を見ようとし、牝牛を愛するように神を愛します。ミルクやチーズが取れ、自身の儲けのためにそれを愛するのでしょう。このように人は神を表面的な豊かさや自分の慰めのためだけに愛しますが、それは神を愛しているのではなく、自分のエゴイズムから神を愛しているにすぎないのです。わたしは真実を述べます。あなたの望みを向けるあらゆるものが、神そのものではないのであれば、それは決して善いものにはなりえないので、それはあなたにとって最も大切な真実のための障害になりません。」(マイスター・エックハルト『ドイツ語説教16』より)

   禅の道における見性とは、座禅を組む者が無念無想で、全ての外面的かつ内面的な関心から、自身の目の前に存在する根源的な本性に集中する黙想の結実です。  キリスト教においても、自身の望みや意義申し立てを神の導きへと委ねる素朴な信頼に置き、本質的なものをわたしたちに気付かせる沈黙の祈りや神の言葉を聞くということをわたしたちは知っています。

   見性とは、コインの一つの面に過ぎません。深い沈黙の底から「禅機」、つまり「行い」が生まれるからです。「禅機」は自分の願いのみを求め、また自分を正当化する望みからではなく、見性から生まれたものを通して、自己中心的な行いとすべてのものを分けます。この目覚めた行いは、目的や結果を問うのではなく自分の中から流れ出るのです。それは大いなる全体の一部であることを知っているからです。

 それゆえ、『マタイによる福音書』5章45節においてイエスも、自己を捨て去った行いを通して、悪人や善人の分け隔てなく太陽を昇らせ天の父に倣うことを求めています。

 大雑把なまとめですが、この記事において様々な宗教の伝統における交わりがどれほど豊かなものになるのかを示せればと望みます。たとえその内容、意見が互いに距離が生じていたとしても、見性や禅機の例を用いて示したように、その中心の点において非常に深い一致を見出すことができると思います。

 将来、わたしたちがお互いの共通の行いのための結節点としてこのことを学ぶことができたならば、キリストの教会としてのわたしたちは、わたしたちの主の呼びかけに従い、この世のための祝福となることができるでしょう(『ゼカリヤ書』8章13節)。

 最後に日本での研修を実現して下さったCEAMのご支援に心からの感謝を申し上げます。そして将来、世界各地から多くの学生たちがこのような素晴らしい機会を得ることができるのを心から願って止みません。

 

とびあす えっかぁたぁ/元黄檗宗萬福寺修行者・ドイツプロテスタント教会牧師補)





ドイツから直行便で M

 割礼は違法か合法か 世俗化社会における宗教的儀礼をめぐる論争

相賀 昇

   去る9月9日、割礼を傷害罪とした判決に抗議するデモがベルリンで行なわれたと報じられた。ご承知のように、割礼は男児の性器の包皮を切り取るアブラハムの時代から続いている重要な儀礼だが、つい先頃ドイツ国内で割礼を受けた男児が大量出血した事件があり、6月末にケルン地裁が子どもに対する永続的かつ回復不可能な侵害として、これに傷害罪を下したのである。こうしてベルリン市、バイエルン州、バーデン・ヴュルテンブルク州における医師たちの間では、傷害罪の訴追を免れるべく、ドイツ連邦全体で統一的な見解がでるまでは、ユダヤ教及びイスラーム教徒の割礼を請け負わないという極めて重大な事態へと発展してきた。

 この日、ドイツの首都の中心でデモを呼びかけたのは、民主主義を守り反ユダヤ主義に反対する「ユダヤ教フォールム」であった。デモ参加者は300名ほどだったそうだが、それに賛同し支持した組織や団体は、福音主義領邦教会(プロテスタント)、ベルリン司教区(ローマ・カトリック)、ベルリン・ブランデンブルク・トルコ人連盟、ドイツ・イスラーム協会、キリスト教とユダヤ教との協働協会など50団体以上、全ドイツのほとんどの代表的な宗教団体を包括する形となった。

 ドイツ福音主義教会(EKD)は直ちに、ケルン地裁の判断は数千年にわたる宗教的実践を犯罪とする所業であり、様々な法的権利を必要な方法で適正に量ることを遂行していないと厳しく批判、この問題に法的な安定性を持たせるよう修正を求めた。その際、EKD評議会議長のP.シュナイダー牧師は、ドイツのユダヤ教との歴史を考え合わせると、すでにたいへんな怒りを覚えているとした上で、法律担当者と共に次のような見解を述べている。「割礼にはユダヤ教徒とイスラーム教徒にとって中心的な宗教上の意義がある。ケルン地裁の判決はこのことを十分に考慮していない。両親による人格的配慮の権利はまさに宗教的事柄においても高い法的権利を持つ。なぜならそれはまさに子どもの幸せになるからだ。従って宗教教育は重要な両親の権利なのである」。

 しかしこのような宗教的根拠から、とくに両親による宗教教育の観点による割礼擁護の発言に対し、小児や未成年に関わる医師たちは全く反対の立場を表明している。例えばドイツ小児医学協会などは、子どもの自己決定権や子どもが身体的に傷つけられない権利は両親の権利に勝ってより高い位置にあるとして、割礼は宗教上の確信を根拠にこの身体的無傷性を侵害していると言っている。その代表者W.ハルトマン医師はベルリン・ブランデンブルクのラジオ放送で、「もし連邦議会が法的に未成年の青少年達の割礼を許可するとすれば、私たちの協会は連邦憲法裁判所に訴え出ざるを得ないだろう」とむしろ対決姿勢を強めている。

 このような医学上の批判に対しEKDのシュナイダー議長は、当然ながら両親による宗教教育の権利にも限界があり、それがトラウマや身体的傷害と結びつくとか、強制によって子どもの魂がゆがめられたりしてはならないことは承知しているが、青少年の割礼はこの限りではないとして、法的に許可されるべきことを強調した。そして割礼は世界中多方面で非宗教的な理由からも実施されていると説明し、さらに「もし割礼を施そうとする医師が犯罪に処せられるとすれば、多くの割礼は密かになされ、医者の協力のないまま子ども達の健康にとって大きなリスクを負う危険性があることを考慮すべきだ」とも語った。

 ところでトルコ人共同体連盟の代表、ケナト・コーラト氏は「ドイツにおいてだれ一人これをストップすることも禁止することもできない。宗教的な割礼は罰せられないままであるべきだ」と述べた。また彼は連邦政府に対して「すぐ拒否されるだろう規則を作っていったいなんの役に立つのか」と警告を発しつつ、この問題に諸々の宗教共同体と協力して助言を求めるよう促していた。

 このように割礼をめぐる論争が激化するなか、いずれにせよこの議論は自然科学的にも、また純粋に医療的にも決断できないとの判断が働き、それには連邦議会の倫理委員会が有効に機能したとも聞いているが、10月25日、連邦内閣の法務省は各州などに大方以下のような方針を示した。それによるとユダヤ教徒及びイスラーム教徒の両親の同意がある生後6ヶ月以内の息子達には、医療の要求するところに沿ってかつ可能な限り最小限の痛みにとどめる場合において、これからも割礼を施すことが許可されるとしている。また「モヘル」(Mohel)というユダヤ教「割礼同盟」(Brit Mila)の専門家による執行も認められているということだ。

 ケルン地裁の判決から3ヶ月、この法案は近く連邦議会に提出されることとなったが、このプロセスが教えるのは、世俗的な法治国家はなぜそのような規則が必要なのか答えなければならないということだろう。ただそれよりも気になるのは、ある人権問題の専門家が、この論争の過程でユダヤ教徒やイスラーム教徒に浴びせられた非難があまりにも辛らつで侮蔑的なトーンだったのに驚愕したと語っていたことである。あるいははからずもドイツ社会のある傾向、すなわち世俗的ないし非宗教的な熱狂主義ともいうべき部分が露となったのかもしれない。

(あいがのぼる・日本キリスト教団田園都筑教会 牧師)




ひと・ひと・ひと(21)クリスチーネ・リーネマン教授・ ヴォルフガング・リーネマン教授ご夫妻

 富坂キリスト教センターは創設以来、ドイツのハイデルベルクにある福音主義学際学術研究所(FEST)を手本にしつつ、日本の教会の宣教に資する研究を目指してきました。今回は、当センター学際研究に大きく貢献されたクリスチーネ・リーネマン教授をご紹介いたします。昨年末、数十年ぶりに富坂センターを訪ねて下さったご夫妻を、武田武長理事が当センターを代表してお迎えし、しばらく懇親の時をもちました。

 クリスチーネさんは、バーゼル大学(スイス)神学部にてエキュメニカルと宣教学、諸宗教間対話などの諸課題を講義されました。80年代後半にはドイツからセンター研究会にも参加され、『民衆が時代を拓く』(富坂センター編、新教出版社)に彼女の論文が掲載されています。韓国と南アフリカのいずれも長期にわたる非常事態の中でのキリスト教会の在り方を検証しつつ、政治倫理の相であるメシアニズムの倫理と責任倫理の相互補完が重要であるとの指摘は、今日なお傾聴すべき点でしょう。パートナーのヴォルフガングさんは、平和、環境問題、D・ボンヘッファーなどの研究者としてベルン大学(スイス)で教鞭を取られ、ご夫妻ともにFEST研究員として長年ご活躍されました。

 FESTの運営システムや財政基盤について伺い、日本の教会とのその規模の違いに驚きましたが、かつてナチスを食い止められなかった教会の反省から生み出されたFESTの意義と、宗教・法・文化、平和と持続可能な発展、神学と自然科学など今日的課題に即応した学際研究の重要性を改めて教えられました。120年以上も前にドイツとスイスの東亜伝道会が日本宣教の出発点として富坂を選んだ経緯をふまえ、両教会への感謝と共に、奉仕するためにこの資産を活用する責任と使命があることを再確認した次第です。

 当センター30年の歩みと現在の財団の活動をご夫妻は大変喜ばれ、来年行われる「沖縄宣教研究所と富坂共同研修会」と新規「脱・原発依存社会と未来世代の責任」研究会に大きな期待を寄せておられました。誠実で温かいご夫妻のお人柄に触れ、財団の理念と原点に立ち返る良き機会を与えられ、最高のクリスマスプレゼントになりました。

(岡田仁 総主事)

(おかだ ひとし/総主事)





編集後記

ドイツでは2017年の宗教改革500年祭を目指して2008年から「ルターの十年」が始まっています。去る10月31日、ヴォルムスにて来年のテーマ「宗教改革と寛容2013」がスタート。そこではまず「ハイデルベルク信仰問答」の成立450周年、次にドイツ・プロテスタント教会内部の一致に重要な一歩を印した「ロイエンブルク協約」の成立40周年、さらに「トリエント公会議」(1545〜1563年)の決定から450年が記念されます。折から領土問題をめぐって国家主義が強まりつつあります。しかし今こそ私たちは、そして富坂キリスト教センターの使命もそうですが、アジアの文脈の中で国家ないし教派的な境界を越えたエキュメニカルな協働を祈り求め続けて行かなくてはならないと思います。

(相賀昇・編集委員長)


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