『富坂だより』 31号
 2013年6月

「すべての人に向けて」

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  巻頭言
「すべての人に向けて」  
当財団評議員 藪田 安晴

  富坂キリスト教センターは公益財団法人の認可を受け新しい歩みに踏み出した。公益財団法人になって財政上の特典を得たが、活動の公益性と透明性が今まで以上に求められることになった。富坂の地で進めてきたキリスト教精神に基づく諸活動、研究、社会福祉事業を、今後どのように進めるかを、この視点から考えてみたい。

 キリスト教精神に基づく活動が公益性を有していることについては、イエス・キリストの愛がすべての人に向けられていることから明らかである。イエスの福音はユダヤ人にとどまることなく、全世界に伝えられた。この世に対する批判や抗議も、イエスがなされたように、愛に基づく行動であるならば公益のための働きである。とはいえ、その働きがキリスト教社会にとどまり、この世に向けられなければ公益性のある働きとはいえない。キリスト者仲間でしか通用しない言葉で語ることや、自己完結的な価値観で主張することはさけなければならない。キリスト教精神を保持しつつ、キリスト者でない人々との連帯をさらに強めることも求められる。

 財団の透明性については、公益財団法人申請に向けての準備段階で諸規則が整えられ、事業部門の明確化が進んだことによってかなり高められた。それとともに課題も明らかになってきたと思われる。一つは財政基盤の強化であり、もう一つは新しい人材の確保である。二つとも以前から指摘されていたことではあるが、具体策が検討されねばならない。日本社会の少子高齢化、都市集中化、国際化が進むなかで、今の事業をどう展開するか、さらに新しい事業にも取り組むかを、評議員会、理事会、各委員会で検討することが迫られている。

 そのためには意欲的な人材の確保が急務である。キリスト者以外の専門家の活用を考え、世代交代も計画的に進めねばなるまい。委員会や各事業部門の関係者、協力者などから今後を担う人材が与えられればと願っている。

(やぶた やすはる/当財団評議員)




 
「机上から地上へ」
望月 麻生

那覇から成田へ向かう飛行機の中で、手提げ鞄に入っていた沖縄のガイドブックを取り出してめくっていた。大きめの書店にならどこにでもある、大手の出版社によるものだ。三時間以上の空の旅、眠りに入る前の暇つぶしとして広げたそれに載せられた沖縄は、全体で三泊四日にわたる共同研修会で見聞きしたこととはまったく違う世界だったことに驚いた。鮮やかな写真に彩られたページからは「軍用地買います」の看板や戦闘機の爆音、日本やアメリカとの間で沖縄が受け続けている現実は一切感じない。きれいで楽しい部分を来訪客として受け取ることが観光なのかもしれない。「男はつらいよ」で沖縄へ渡った寅さんが基地にはさまれた国道58号線をタクシーで通り過ぎるときに眠り込んでいたように、そこにあるものがいかに異常であったとしても、案外見えてこないのかもしれない。しかし、今回の共同研修会で講師の先生方をはじめ、出会いを与えられた参加者の皆さん…とりわけ沖縄各地から出席された皆さんがあらゆる場面で「これでもほんの入り口しか伝えていない」とばかりに話してくださった沖縄の歴史や現実は、「知っているつもり」という机上から自分を追い出した。

 この研修会は、自分の知識や経験を重ね着するためのものではなく、沖縄と出会うことによって自分の認識や考え方を一旦突き崩すためのものであったと私は感じる。ほんとうは参加者として立派な感想をここに書くことができれば良いのだが、「植民地主義と神の国の宣教」という相当に鋭い主題のもと、わたしはこれから沖縄と共に自分自身がどう在っていけば良いのかまったく答えなど出ないまま、受けるメッセージの強さに打たれるまま、半ば呆然としたまま過ごした感がある。

 それでも、普天間基地の野嵩ゲート前でのゴスペルを歌う平和集会、暖かく迎えていただいた民泊、普天間基地周辺やチビチリガマ・シムクガマだけではなく、なかなか個人では行けない読谷村の「恨の碑」も訪ねたフィールドワーク。そして休憩や食事の間も惜しんでなされた講演とグループディスカッションの二泊三日。特に、長い間第一線で命を賭して働いてこられた方々と「さん」付けで呼び合い、どんなに初歩的な質問や疑問も受けとめていただける環境であったのはとてもありがたいことだった。沖縄の参加者と県外の参加者が共に沖縄の歴史と文化、基地と平和の問題について学び、自らの在り方について考え発言し合うことは、時にとてもデリケートな部分があるが、沖縄宣教研究所・富坂キリスト教センターのスタッフの方による丁寧な準備と細やかなご配慮が、その研修会をなごやかなものとしてくれていた。

 この研修会で特に印象に残った言葉がある。この研修会の1日目、野嵩ゲートで「沖縄を返せ」という歌を皆で歌う場面があった。「われらのものだ 沖縄は 沖縄をかえせ 沖縄にかえせ」という歌詞を見て、わたしはとても沖縄を「われらのもの」と自分の口に出せなくて、歌うことができなかった。たぶんこれからも歌うことはできないだろう。その思いを、わたしは講師の平名長秀先生に自分の気持ちとして申し上げた。すると、「たしかに沖縄の人にはなれない。けれども、良いヤマトゥンチュでいることはできる」と平名先生はおっしゃった。良いヤマトゥンチュ。これはわたしにとって人生の宿題とも言えることばだった。

 2月28日、研修会が終わったあと、わたしは同じく参加者であった友人と嘉手納の道の駅へ寄った。目の前の滑走路からオスプレイが2機、北東へ飛び立っていった。ガイドブックに記されることはない、しかし不快な空気の震えと不気味な存在感とともに、それは現実として確かに存在する。沖縄だけの問題ではなく、わたしたち自身のものとして。

 この研修会を首都圏における小さな種にできないものか。そう友人と考え、いまは沖縄について考えるほんの小さな会を開き、続けている。

(もちづき あさを/日本基督教団四街道教会牧師
第1回沖縄宣教研究所・富坂キリスト教センター共同研修会報告 )






「脱原発社会と未来世代への責任」研究会発足

研究会座長 内藤 新吾


 富坂キリスト教センターでは2013年4月より、「脱原発社会と未来世代への責任」の研究会が発足いたしました。

 当初、理事会からは「脱原発依存社会と未来世代への責任」との会の名前をいただいていましたが、当研究会は発足と同時に、この名前から「依存」の文字を除かせていただきました。野田政権から使われている用語ですが、この語は落し穴で、私たちは原発の依存率を下げるのが目的ではなく、原発そのものからの脱却をはかるため、そのように修正しました。これは理事会もたまたま使われただけの言葉でしょうから、ご理解されることと思います。

 原発をめぐってはあまりにも多くの問題があり過ぎて、また一刻の猶予もないことばかりなのですが、しかしそうしたなかでも、やはり長期の取り組みになるため、しっかりと腰を据えて、問題を具体的にとらえ、専門の方々からの教えもいただきながら、またキリスト教社会倫理の視点からも、このことを掘り下げていきたいと考えています。

 原発は、たとえ事故がなくても「死の灰」の管理一つをみても分かるように、環境や健康に及ぼす懸念は相当に深刻な問題です。他にも、人権の面でも平和の面でも、大へんな問題があります。そしてそれを改善させようにも、これまで原発を偏って進めてきた政策が、様々な社会の歪んだ仕組みを作ってしまっており、改革は容易なことではありません。さらに日本の場合は、宗教界がこのことに対し長く沈黙をしてきたことと、事故が起きたあとも、声明などは出たにしろ具体的取り組みが遅く、あるいは個々の宗教者たちのレベルでは前と同じく我関せずというスタンスを取る方が多いことが、大きな問題と言わざるを得ません。研究会ではこれらの多岐にわたる課題にも、できるだけ原因と解決法を探っていきたいと願っています。

 この研究会に、センターの運営委員会と理事会から推薦をいただき、またそれぞれ当人も趣旨を理解し快くお受けくださり、9名のメンバーにて会が始められることを心より感謝いたします。顔ぶれは、本当に豊かで、恵まれています。それぞれこの原発の問題に関して、専門の立場から、また市民運動の立場から、力強く関わってこられた方々です。

 センターに深く尽力くださった故高木仁三郎氏の立てられた原子力資料情報室共同代表で市民科学者の山口幸夫氏、幾つもの原発問題の訴訟に携われ脱原発弁護団全国連絡会代表の河合弘之氏、「子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク」代表の山田真氏、千葉大学名誉教授で政治学者(行政学専門)の新藤宗幸氏、「チェルノブイリ被害調査・救援」女性ネットワーク事務局長の吉田由布子氏、N・WIP(ながさき女性国際平和会議)代表で漫画家の西岡由香氏、「放射能のゴミはいらない市民ネット・岐阜代表」の兼松秀代氏、元富坂キリスト教センター「自然・科学技術・人間」研究会主事で日本基督教団牧師の安田治夫氏、以上のそうそうたる8名の方々に、座長としてお仕えするようにと何のとりえもないのですが加えられた私・内藤新吾(日本キリスト教協議会平和・核問題委員長、日本福音ルーテル教会牧師)の9名で、研究会を始めさせていただきます。そして富坂キリスト教センターから担当主事として岡田仁氏(センター総主事)が会のための様々な奉仕をくださりつつ、メンバーの一人として参加くださいます。感謝いたします。

 研究会は年3回か4回の開催をし、3年をかけてまとめを出す予定です。途中、何回かメンバーだけでなく、宗教界からもゲストの発題者を迎え、また座談会も計画しています。原発の問題は、現代を生きる私たちの責任で、脱却の道筋を示し、未来世代への希望のバトンを渡していくべきものです。どうぞ全国の皆さんからも、お祈りとあたたかい励ましをお願いいたします。

(ないとう しんご/日本福音ルーテル稔台教会牧師)




「社会事業の歴史・理念・実践〜ドイツ・ベーテル研究」 研究会中間報告

研究会座長 山本 光一

 この委員会のメンバーは、橋本孝さんを除き全員日本キリスト教団の教職2名と信徒3名である。キリスト教会の社会事業、宣教活動(特に奉仕)に資する提言を行いたいとの意図から、学者は、橋本孝さんただ一人。その他5名は、キリスト教社会事業の現場で働く人々である。

 現場で働く人たちを主たる研究員とするこの研究会構成の意図は、キリスト教会の社会事業と宣教活動の展望を切り開くために、それぞれの現場で「行き詰っていること」に注目することから議論を始めたいからであった。研究会はこの2年間欠席者が一人も居らず、充実した論議を重ねている。

2011年度は、3回の研究会を開催した。
 初回の研究会は、2011年5月1日に開いた。この日は、研究会の設置の意図について、座長の山本光一が説明を行った。研究員がそれぞれ現場の紹介を行いながら自己紹介を行い、研究会の持ち方について協議した。
 2回目は、橋本孝研究員により「ドイツ・ベーテルについて」発題をしていただいた。  19世紀ドイツの格差社会に、キリスト教のデアコニア(奉仕)の精神がどのように対峙したのかが発題の中心であった。ボーデルシュビンク父子が、現在、壮大な社会福祉施設群となっているベーテルをどのような信仰を発揮して作り上げたのか、その歴史と理念を丁寧に解説してくださった。
 この回から、研究会がどのような提言を行うべきか、研究員が何について論述すべきかを明らかにする為にテーマ設定の件を毎回の研究会の議題に挙げることとした。
 3回目は、北海道浦河町にある「浦河べてるの家」について向谷地悦子研究員に発題をしていただいた。「べてるの家」の名は、ドイツ・ベーテルを、特にナチス・ドイツ時代に町を挙げて障がい者を守った歴史を意識して命名された。  教会の牧師館の一室に二人の統合失調症の方を迎えて世話をしたことから始まった「べてるの家」の歴史、「そのままでよしとされている存在であることを自他共に認めあう」理念の形成の歴史を向谷地悦子さんが紹介してくださった。続いて施設スタッフの吉田めぐみさんが、「べてるの家」で実践している「当事者研究」を指導してくださり、研究員が当事者となり日々抱える困難について問題を披歴してその解決法を話合った。

   2012年度に入り、この年度も3回の研究会を開催した。
 4回目は、難波幸矢研究員から「今、ハンセン氏病問題から問いかけられていること」とのテーマで、悪法と言われた「らい予防法」の成立から廃止(1996年)まで、その後の国家賠償訴訟の取り組みを「ハンセン病問題検証会」の取り組みを中心に発表して頂いた。
 5回目は、平田義研究員から「今、いのちを考える〜重度心身障がい者との関わりから」とのテーマで「社会福祉法人イエス団」の事業の歴史・「ミッションステートメント2009」・四国にある豊島での協働プロジェクトの紹介の後、平田研究員が取り組まれた京都での愛隣館の活動、特に一人の自立障がい者との出会いを語られて、地域に存在し、見過ごされているニーズといかに向きあうか、制度の限界をどのように克服すべきか等の課題を発表していただいた。
 6回目は、長沢道子研究員から「牧ノ原やまばと学園の歴史と理念、実践」とのテーマで 43年間の「社会福祉法人牧ノ原やまばと学園」の歴史を紹介していただいた。創立者の長沢巌牧師は、教会再建のめどが立った段階で、榛原教会は次に何をなすべきか祈り求め、「言葉によって神の愛を説くだけでなく、人々の苦悩に寄り添って歩む『仕える教会』形成」を開始。若い信徒たちによって歩みが開始されたのであった。

 尚、2012年度の3つの研究報告要旨は、今年3月に発行された「富坂キリスト教センター紀要第3号」に掲載されている。
 研究会3年度目にあたり、論文執筆を開始する。研究員は論文執筆には慣れていないので、今年度初回の研究会では橋本 孝研究員に「論文の書き方」の講義を受けることとした。

(やまもと こういち 日本基督教団 京葉中部教会牧師)




『日韓キリスト教関係史資料集 V』の資料の解説を書くにあたって
 飯島 信

  「1973年に打ち出された宣教基本政策は、教会の使命を教勢拡大にのみ追い求め在日同胞の生の全領域における人権等の問題をないがしろにし、民族の苦悩を教会が担い切れなかったという告白をしている。しかし今日われわれは更に、『自分のこと(いわゆる在日同胞問題)だけで精一杯なのにそんなところまで手が回らない』というような閉鎖的な宣教理解に縛られ、障害をもつ同胞、日本人を受けとめられずにいたことや、日本社会の周辺に追いやられている被差別少数者の人権確立を目指す営みと積極的に交流連帯してゆく、宣教の開放的姿勢をもちえなかったことを反省するものである。」

 上述の文章は、今から四半世紀前の在日大韓基督教会総会が発表した「宣教80周年宣言」(1988)の一部である。この宣言に目を通し、さらに在日大韓基督教会の1959年から2010年までの30点近い資料を読ませていただきながら、改めて考えさせられた問題がある。その問題は、前回の『資料集U』の解説を書く際にも求められていた事柄ではあった。

 しかし、これまではその事柄にあえて踏み込むことを避け、又それが許されてきたのは、取り上げた資料が、解説を担当した者たちと同時代に生きることを許さない、はるかに遠い過去のものであったからである。しかし、敗戦以後現在に至るまでの資料を収録し、その解説を書くにあたり、今回は最早避けることの出来ない事柄となっている。解説は、単に資料の解説だけでは十分ではないという事実である。

 具体的に言えば、収録された資料が、その時々の時代状況の中で、それぞれの教団・団体の中で持っていた意味が何であったのか、それが今はどのように変化したのかと言うことである。資料によって提示されているその時々の教団・団体が内包していた豊かな内実、あるいは課題が、現在どのようになっているのかと言う事柄である。

 この『資料集V』に収録された資料が物語る1945年以後60有余年を超える各教団や諸団体の足跡をたどる時、その足跡が日韓キリスト教関係という一側面からのみ照射されていることの限界を認めつつも、これらの資料が、それぞれの教団・団体にとって、敗戦以後、今に至るまでの歩みの総括を導き出す重要な視点となることは間違いない。  当初の予定より大幅に遅れての作業が続いている。そのことについては率直に関係各位にお詫びを申し上げるとともに、編集に携わる私たちも遅れを十二分に自覚しているので、もう少しの時間をいただきたいと願っている。

 

(いいじま まこと 日本基督教団東日本大震災
 救援対策本部担当幹事)   




朴聖■【パクソンジュン】先生 市民公開文化講演会のお知らせ

 

   朴先生は、1995年から97年までの三年間、富坂キリスト教センター1号館にご家族と共に居住されながら、センター研究主事としてその尊いお働きを担われました。お連れ合いの韓明淑【ハンミョンスク】さんは、女性として初の韓国首相を務められた方です。朴先生ご夫妻は、日韓交流に政治的に(韓さんが国会議員として)韓国の韓日議連会長として文化的に、日韓キリスト教会の交流に多大な貢献をされています。富坂キリスト教センター・山上国際学寮共催で、市民公開文化講演会の講師としてお招きし、今と将来の平和につながる「友情の対話」について伺いたいと願っています。

  日 時:2013年10月10日(木)19時より
  会 場:富坂キリスト教センター1号館会議室

朴聖■先生(キルダム書院院長、元韓国聖公会神学大学教授)
 ソウル大学経済学部在学中、1968年統一革命党事件で逮捕、太田刑務所に13年半の獄中生活の後釈放。1982年韓国神学大学入学、84年卒業。1984年−1991年韓国神学研究所学術部長。1987年−1994年韓国キリスト教長老教会韓白教会牧師。来日。1995年−1997年富坂キリスト教センタ−研究主事。1996年立教大学神学博士号取得。『民衆神学の形成と展開』1998新教出版社。1997年−1999年渡米、ユニオン神学大学客員研究員。2001年−2008年韓国聖公会神学大学教授。その後キルダム書院院長。『愛はおそれない』(韓明淑夫人との獄中での往復書簡)2010朝日新聞出版。

  






平和運動としての国際交流 山上国際学寮活動報告

岡田 仁

 「多様性を認めつつ一致を目指す」「明日へのいのち」を理念に掲げてスタートした山上国際学寮も5年目を迎えました。この間の皆様のお祈りとご支援に対し心より御礼を申し上げます。
 歴史的には、1913年に始まる「日独学館学生寮」から「国際学生の家(早稲田大学交換留学生寮1989年〜2008年)」、「山上学寮(アジア女子留学生寮2006年〜2009年)」を経て今に至っています。当初は早稲田大学、東京大学の留学生や研究員が殆どでしたが、大学・教会関係各位の推薦や寮のOB・OGの「口コミ」などで、90名(のべ二十数カ国)以上の方々を受け入れてきました。日本人学生も毎年1,2名は入寮しています。「出会いが次の出会いを生み出す」との私たちの願いが少しずつ実を結び始めていることを嬉しく思います。  寮生たちの宗教的背景は、キリスト教、イスラム教、仏教、無宗教など多様です。日々研鑽を積み、共同生活での出会いを通して国際交流を深め、お互いの価値観の違いを理解することは今後ますます求められます。平和と和解運動の一つだと考えます。原理主義に偏ったり、相対主義(対話主義)に満足するのではなく、むしろ両者の緊張関係を大切にしつつ、他者と協力し理解し合うなかで平和は実現するのでしょう。国の枠を越えた人的交流が今後さらに展開されることを願っています。

〈寮生会・共同研究プログラム〉
 定期的に寮生活に関する話し合いを持ち、毎回担当者を決めて各自の研究テーマや出身国の歴史や文化が紹介されます。他国の歴史や文化に接し、自分の専門領域外の研究テーマに触れることは相互理解の上でよい刺激になるようです。

〈文化交流・国際相互理解プログラム〉
 六義園・善光寺の夜桜見学ツアー、牛天神・伝通院・源覚寺見学ツアー、草月流生花体験、クリスマス会、書き初め・書道体験、箏曲鑑賞と演奏体験(サクラサクラ、アリラン、ひな祭り)など。一昨年までは、この他に東京・江戸博物館、高麗博物館、浅草・浅草寺方面、湯島聖堂などのツアーも実施しました。
 毎年「平和を覚える学習会」として、ヒロシマ・ナガサキの被爆者の方の証言を伺います。昨夏は村山季美枝さん(東友会、文友会会長)を講師にお迎えしました。

〈市民公開文化講演会〉
 2012年度は親里千津子さんをお迎えし、沖縄戦での生々しい体験を伺いました。二度と戦争をしないと誓った平和憲法がいま脅かされ、軍事化の道に進もうとする日本の行く末を案じておられました。戦争体験を聞いた者がさらにそこから語り継ぐことの大切さを思わされます。ここで生活をする寮生たちが、帰国後も平和の働きのためにそれぞれの場で活躍することを期待します。全国から寄せられました尊い献金は上記プログラムや運営のために有効に用いさせていただきましたことを感謝してご報告いたします。<p>  

おかだ ひとし/総主事・山上国際学寮所長)




諸宗教間対話プログラム 京都宗教学際研究所報告

 当法人京都宗教学際研究所は、ドイツEMS(連帯するドイツ福音主義教会宣教局)とNCC京都宗教研究所との共催事業として、毎年ドイツから4〜5名の研修生を受け入れています。2012年度はドイツEMSより派遣されたエリザベート・シュルツェさん(ベルリン自由大学)の支援を行いました。皆様のお祈りとご支援に心より感謝を申し上げます。

 シュルツェさんは、おもに京都で仏教、神道、新宗教、キリスト教の講義と実地体験を受け、大変充実した諸宗教間対話プログラムに参加されました。京都「国際学生の家」(内海博司理事長)での数ヶ月に及ぶ生活も、よき出会いと交流の日々だったと聞きます。関東には一週間のみ滞在され、富坂に宿泊。鎌倉仏教(荒井仁牧師)、靖国神社(辻子実さん)などの研修だけでなく、センター恒例のクリスマス会ではフラダンスも一緒に踊りました。シュルツェさんもまた将来、ヨーロッパと日本における人的交流の良き橋渡し役として活躍されることでしょう。当研究所は、今後も将来の可能性を探りつつ、この企画のための資金援助と宿泊提供を継続いたします。今秋には7名の研修生が来日する予定です。(総主事 岡田 仁)





「富坂子どもの家」のご報告

勝間田 万喜

富坂子どもの家が2010年12月に開所してからこの4月に3年目を迎えました。前年度からの継続利用児たちは、子どもの家の環境にすっかりなじみ、廊下や玄関ロビー、園庭とのびのびと自分たちの居場所として過ごしています。入園当初は緊張したおももちの保護者の皆様も、お子さんの様子をにこやかに見守り、お母様同士の玄関ロビーでの会話も楽しまれる様子が増えました。障がいをもった子どもたちとそのご家族とともに時間を過ごす中で、スタッフと様々なことを話し合いながら「共に育ちあう姿勢」を大切にして発達支援・家族支援を行ってきました。

 また小集団のグループ療育・個別療育・面談を繰り返す中で、新たな課題も見えてきました。まず定員1日10名という指定事業所としての枠組みでのスタッフ人数配置にも限界があり、さらに当初は所在地である文京区及び隣接区の療育を必要としている待機児童に対しての発達支援という目的を持っていましたが、実際は遠隔地から片道1時間かけてでも富坂子どもの家で我が子を過ごさせたいという保護者のニーズが多く生じたこと。この他にも子どもの発達のため幼稚園・保育園・地域関連専門機関との十分な機能的連携の強化や、幼児期ならではの親子グループの必要性を感じながらも人的物的環境の制約から今の所実施に至っていない等様々あげられます。更には法律の制度上、利用児の欠席がそのまま、減収に直結するしくみなど施設としての運営上の難しさにも悩みました。

 しかし「我々の財団のそもそものミッションとは?」「大切にしたい発達支援の理念とは?」「富坂子どもの家ならではできることは?」ということにいつも立ち返って施設長以下、日々朝礼での祈りから始まる会議を重ねながら今に至ります。具体的には昨年度は、親子遠足、夏季保育、土曜保育、クリスマス親子礼拝、クッキー作り、卒園式なども行いました。クリスマス親子礼拝、卒園式ともに牧師先生の祈りの中で親子、スタッフともにその喜びの時をわかちあえたことはそこに集う皆にとり大きな恵みに感じました。卒園式では子どもの家として初めてのひとりの卒園児の門出を祝いました。また職員退職により年度途中ながら急きょお願いした臨時スタッフの方々にも、以前からの非常勤のスタッフの方々にも「子どものために」と惜しみない協力をいただき、チーム一丸となった12年度でした。これからもこれまでに見えてきた課題をよく検討しながら、今の富坂子どもの家にできる事、しなければならないこと、少し長い展望での計画などを「話し合いながら」実践に移したいと考えています。

 最後に、子どもの家との併用のままこの4月から幼稚園にも通い始めた利用児Yちゃんのお母様からのエピソードを紹介いたします。そのご家族はキリスト教系幼稚園を選ばれたのですが、先生の「お祈りしましょう。」の声掛けに、新入園児さんたちは「お祈り」の意味がわからず騒いでいる中、ひとりYちゃんがしずかに手をあわせ、その姿を他の子供たちが見習って手を合わせ祈りの雰囲気がもたらされたそうです。担任の先生はお母様にこの出来事をとてもうれしそうに、またYちゃんの祈る姿に感銘を受けたとお話されたそうです。お母様も「Yがみんなのお手本になったんですね。」と喜ばれていました。子どもの家での食前と帰りのお祈りのひとときが、Yちゃんの心と体になじんでそれが、新しいもっと大きい幼稚園という集団でも日常の事として行っている、その姿を喜びととらえる担任の先生方や保護者がいること、本当にうれしく思い励まされる思いでした。こうしたことから「大切なこと」をこれからも実践し続けていきたいと思っています。

新任スタッフ紹介 藏淵由加子(ぞうぶち ゆかこ)さん
 富坂子どもの家の新しい専任指導員として4月に着任。発達支援センター勤務経験を経て、言語聴覚士を取得して後病院に勤務されていました。皆様宜しくお願いいたします

(かつまた まき/富坂子どもの家 児童発達支援管理責任者)





富坂キリスト教センター 2012年度 事業報告
    T 出版物
  • @『富坂だより』29号を6月に、同誌30号を11月に刊行
  • A『富坂キリスト教センター紀要』3号、2013年3月22日刊行
    U 研究会
  • @「日韓キリスト教史資料集第3編」研究会(2007年〜)
     2013年春の刊行を目指し、東京と京都各部会で協議、編纂を鋭意継続中
  • A「社会事業の歴史・理念・実践―ドイツ・ベーテル」研究会(2011年〜)
    2012年6月11日第4回研究会(研究発表:難波幸矢さん)
    2012年10月15日第5回研究会(研究発表:平田義さん)
    2013年2月21日第6回研究会(研究発表:長沢道子さん)
    V 研修会
  • 沖縄宣教研究所・富坂キリスト教センター 第1回共同研修会
    日 時:2013年2月26日(火)−28日(木)
    会 場:「ペンション美留(びる)」沖縄県国頭郡恩納村
    主 題:「植民地主義と神の国の宣教〜沖縄で聖書を読み直す〜」
    講師と講演:・「沖縄の基地と平和」平良修さん ・「沖縄の歴史と文化」饒平名長秀さん ・ 「追い散らされた者」として(沖縄で宣教を考える)―ボンヘッファー『共に生きる生活』を読みながら― 村椿嘉信さん
    参加者:32名(沖縄19名、本土13名) 参加費:15000円
  • 2012年8月19日、日本基督教団うるま伝道所礼拝、沖縄宣教研究所研修会に三村修運営委員と岡田仁総主事が参加
  • 2012年8月20日、沖縄宣教研究所理事5名と協議(センターからは、村椿嘉信牧師・共同準備委員長、三村修運営委員と岡田仁総主事)
    W 講演会
  • 第1回NCCドイツ委員会・富坂キリスト教センター主催講演会
     日 時:2012年4月27日(金)
     会 場:富坂キリスト教センター
     主 題:「災害時に社会的弱者とキリスト教はどうかかわるのか」T
     講 師:武藤類子さん、佐藤信行さん
     参加者:40名  参加費:無料
  • 池明観先生講演会
     日 時:2012年5月4日(金・祝)
     会 場:日本基督教団信濃町教会会堂
     主 題:「東アジア史と日韓関係」
     講 師:池明観先生
     応 答:和田春樹さん、飯島信さん
     参加者:220名  参加費:1000円
  • 第2回NCCドイツ委員会・富坂キリスト教センター主催講演会
     日 時:2012年10月6日(土)
     会 場:富坂キリスト教センター
     主 題:「災害時に社会的弱者とキリスト教はどうかかわるのか」U
     講 師:高橋哲哉さん
     応 答:菊地純子さん
     参加者:40名  参加費:無料
    X センター運営委員会 2012年4月30日、2012年10月22日、2013年1月21日に開催。




「紀要」3号発行のお知らせ
    〈講演〉
  • 東アジア史と日韓関係 池明観
     池明観教授への応答1 和田春樹
     池明観教授への応答2 飯島信
  • 災害時に社会的弱者とキリスト教はどうかかわるのか 1 武藤類子
  • 災害時に社会的弱者とキリスト教はどうかかわるのか 2 佐藤信行
  • 災害時に社会的弱者とキリスト教はどうかかわるのか 3 高橋哲哉
     高橋哲哉教授への応答 菊地純子
  • 原爆証言〜私は5歳で被爆しました〜 村山季美枝
  • ちーちゃんの沖縄戦〜いま平和を語り継ぐ〜 親里千津子
    〈論説〉
  • ハンセン病諸問題から問いかけられていること 難波幸矢
  • 今、いのちを考える〜重症心身障害者との関わりから〜 平田義
  • キリスト教社会事業の本質は何か 長沢道子
  • 黄檗山萬福寺での修行 トビアス・エッカーター
  • ドイツのエネルギー転換〜後世のための共同活動〜安全なエネルギー供給の倫理委員会2011年5月30日
    〈センター2012年度 事業報告〉

  *2012年度に実施されたセンターでの研究発表や講演を収録しています。
  頒布価格は1冊1000円(送料込)です。
    


編集後記

 3月末のイースターに教会で劇をしました。40代過ぎのいい歳してイエス様役。役作りに人生初めて髭も生やして。大衆に嫌われ、総督に裁かれ、一番身近な弟子にも裏切られ、最後は茨の冠をのせられて十字架に付けられました。受洗後30年近く経ちますが、つくづくよくわかりました。本当にみっともない、恥ずかしい、面子丸つぶれで、馬鹿にされて、ののしられ、本当に孤独な最期。聖書を台本にして何度も事前にリハーサルしたわけですが、その度に役に入り込めば入り込むほど自分は「みっともない、情けない」と感じました。そんなふうに十字架に向かうイエス様の気持ちが少し伝わってきました。そして何より私自身がイエス様にそのような思いをさせたひとりに違いないのです。

(編集委員 金子恒一)


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