『富坂だより』 32号
 2013年12月



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  巻頭言
「クリスマス・メッセージ」  
当財団理事 鈴木 伶子

  小学校四年のクリスマスでした。戦後で住宅事情が悪く、三部屋の家に二所帯、子どもだけでも八人が一緒に住んでいました。そこに教会員も加わり、溢れるほどの人が集まってクリスマスを祝いました。誰もが貧しく、寒く、おなかが空いていたクリスマスでしたが、その時に父が話してくれた「ドストエフスキーのクリスマス」の話は、お祝いムードのクリスマスに心が満たされない時や、つらい気持ちで落ち込んでいるときに、わたしを慰め励ましてくれました。

 真冬のロシアのぺテルブルグの夜の道を、ドストエフスキーは橇【そり】に乗せられていました。シベリアの流刑地に送られるところだったのです。彼は政府反逆の罪をきせられ一旦は死刑判決を受けましたが、処刑直前に皇帝の特赦でシベリア送りになったのです。しかし、厳寒と重労働が待ち受けるシベリアから生きて帰る事は望めません。ぺテルブルグの町は、おりからクリスマスイブで、家々はろうそくやクリスマスツリーで飾られ、楽しそうな歌声も聞こえます。

 偶然、橇はドストエフスキーの兄の家の前を通りかかりました。彼は、唯一の身寄りの兄を深く愛し、兄の子どもたちも彼になついていました。 弟が今夜シベリアに送られるとは露知らず、クリスマスを祝っているのでしょう。橇から見ると、兄の家も、ろうそくが灯り、楽しいクリスマスを祝っているようです。いまシベリアに行ってしまえば、再会することはないだろう、自分がシベリアに流される事を知らせ、別れを告げたいという願いもかなわず、橇は瞬く間に兄の家を通りすぎました。

 夜遅く橇は小さな村に止まりました。打ちひしがれているドストエフスキーたちを村のおばあさんが訪ねてきました。おばあさんは囚人の一人一人に「つらくても辛抱するんだよ、キリスト様もお苦しみになったんだから」と声を掛け、新約聖書を渡してくれました。流刑地での辛い生活の間、ドストエフスキーはその聖書を肌身はなさず持ち歩き、繰り返し読んだということです。

(すずき れいこ/当財団理事)




 
第1回共同研修会報告
「植民地主義と神の国の宣教―沖縄で聖書を読み直す」 2013年2月
荒瀬 牧彦

この研修会の案内を見たとき、「沖縄で聖書を読み直す」という言葉が目に飛び込んできました。その呼び掛けに強くひかれ、何を置いても参加しようと決めたのでした。自分の城に居座って視点や論理を固定したままでは、「読み直し」は難しいという思いがずっとありました。しかし、後から考えてみれば、その発想自体が随分と高みに立った自己中心的なものであったかもしれません。

 初日の夕方、各地から沖縄にやって来た参加者が、普天開基地野嵩ゲート前に集合しました。毎週月曜6時から行われている「ゴスペルを歌う会」に参加するためです。ゲート前では常連の人々が、「ノー・オスプレイ、ノー・レイプ、ノー・ベース」と英語で記した赤い幟【のぼり】を何本も立てて準備をしていました。毎週こうやって歩道に立ち、賛美歌を歌い続けているのです。

 「大きな苦痛をもたらし続けている基地に、危険なオスプレイまで配備されてしまった。主イエスに従う者として黙ってはいられない。誰もこの声を止められない。私たちが歌わないなら石が叫ぶ」。そういう強い意志を、集った人々から感じました。

 歌の合間に普天間バプテスト教会の神谷武宏牧師が聖書を読まれたのですが、市の中心を占領する基地のフェンスをみつめながら「剣を打ち直して鋤とし」(イザヤ書2:4)という御言葉を聞いたとき、聖書の証する神は、ここで叫ぶ者たちの祈りを確かに聞かれる神であると確信しました。と同時に、巨大な,軍事基地を作り殺戮兵器を持つことで安全が保障されるという神話を、キリスト教が直接間接に支えてきたし、なお支え続けているのだという現実に心が沈んだのも事実です。

 翌日の開会礼拝の説教ではミンデルという心理学者の「自分の持っているランクを自覚せよ」という説が紹介されました。人は自分の持っていないランク(能力や地位など)には敏感なのに、持っているランクには鈍感で、気がつかないうちにそれを振り回して人を抑圧することが起こるというのです。確かにそうです。ではどうすれば自分のランクを自覚し、活用できるのか。「炎のただ中に座り続ける」というイメージがそこで提示されました。

 炎の中に座る。これは私にとって、またおそらく他の参加者にとって、共同研修に臨むのにふさわしい覚悟でした。実際、私たちは、二泊三日の講演とグループ討論を通して炎に身を置いたのです。講師や、この地でキリスト者として労してこられた牧師や信徒の方々の発言はまさに炎でした。それは沖縄県民の怒りに深く根差す炎です。しかし、憎悪で人を焼き尽くす糾弾の炎では決してなく、ことばを真剣に受け止めることを求める炎、そして受け止めた者のうちに、自分たちの社会や自分たち自身の人間としてのありようを、真摯に問い直すことを求める炎、いわば神の国の炎であったと思います。

 独自の歴史と文化を待つ沖縄にとって、日本国の一部とされてしまった歴史は何を意味するのだろう。日本の一部というならば、なぜ沖縄は「国内植民地」の扱いを受け続けるのか。沖縄に対する構造的差別の根底には何があるのか。そしてまた、沖縄の日常に入りこんでくる「戦争」とはいったい何か。戦争を正当化する神学とは何なのか。軍隊は本当に「必要悪」なのか。戦争抑止力として語られるが、現実には戦争呼び込み力として機能する基地をどう考えるのか。教会は何に向きあい、何を乗り越えていかなければならないのか。主イエスに従うとはどういうことなのか……。

 これらの問題をずっと問い続けながら、教会の宣教に従事して来られた人々のことばは、簡単には表現できないほど深く重いものでした。東京ではこういう「本物のことば」にどれだけ出会えるだろうか、と思いました。長い苦闘の中でも誠実さを捨てず、良心的に生きてきた者だけが持つ精神の高みがあるのだと知りました。

 沖縄と非沖縄の関係、という言い方がなされました。日本の抱える諸問題の一つとして「沖縄問題」を片付けるな、という主張がそこにあります。「ああそうだったのか」と気付き、異なる者であることを認め、そして対等に立つ。真剣に問われたことに真剣に応える。「沖縄を助けてあげる」のではなく、「沖縄問題」を自分たちのために利用するのでもなく。そのことに気づかされた三日間でした。

 4月28日を「主権回復の日」として祝った政府や、「風俗」発言をして居直る大阪市長。沖縄に生きる人の尊厳を今も無視し続けるこの国にあって、私はどう聖書を読み、どう生きるのか。私の中で共同研修はまだ始まったばかりです。

(あらせ まきひこ/カンバーランド長老キリスト教会めぐみ教会牧師
日本キリスト教団出版局「信徒の友」2013年8月号より転載)






「脱原発社会と未来世代への責任」の第2回報告

研究会座長 内藤 新吾


「脱原発社会と未来世代への責任」研究会の第2回会合が9月に開かれ、いよいよ各員発題の初回として、原子力資料情報室の山口幸夫氏より「いま、フクシマをどう受け止めるか」という題でお話をいただきました。科学者の口から、細かな技術的お話を聞くのではなく、近代科学史全体を振り返っての人間の歩みの反省や、現在の国家や科学者たちの責任の取り方、また宗教者や市民一人一人がどう関わるかといったことについても、深い洞察をおうかがいし、参加者として非常に貴重な機会を得たことを感謝いたします。

 具体的にお聞きしたいろいろな事柄について、幾つかだけ簡略に紹介させていただきますと、まず福島の原発事故に対する現状認識として、原子力ムラの存在は非常に強大で、利益共同体としての繋がりも堅く、例えば事故原因について津波の前に地震の影響が強く考えられるわけですけれど、電力会社がデータをなかなか出さず、どこまで隠されているかが分からないこと、それを国も放置していること。また最近、安倍総理が「ブロックされコントロールされている」と語ったことについても、誰も責任を取ろうとせず、それらは非常に問題であること。次に、近代科学史全体を振り返っての人間の歩みについて、自然を征服するというフランシス・ベーコン以来の西洋近代科学思想、技術思想が間違っていたと今は思うべきであること。科学そのものにも原罪性があり、知への要求の暴走を止めることや、一度身に付けたにもかかわらず、捨てなければいけない知があるのではないかということ。原発の廃棄物の問題についても、原発を始めてきた国の学者たちの誰もそのことを考えてきた形跡が見えず、かつて山口氏がそのことを指摘したときも、推進者たちは立ち止まって考えることをせず、責任ということについても、国や専門家だけではなく、市民や住民にも責任はあるのではないか、ということなどをお話しくださいました。これらの詳細は、のちに記録として、他の方々の発題とともに皆さんに紹介できるように予定しています。

 さて、この研究会の今後の予定ですが、次回からも各員の発題を続ける前に、もう一度だけ特別な会合をはさむことを、第1回の打ち合わせでも願っておりましたが、その計画を確定させました。次回は1月に、宗教界から原子力問題に関する深い洞察と取り組みをなされてきた方をお二人、研究会にゲストとして迎えて、発題と、全体での座談会を予定しています。お一人は若狭の原発銀座で30年以上の闘いをされてきている明通寺の中嶌哲演氏と、もうお一人は関西学院大学教授の栗林輝夫氏に、同日に来ていただきお話をうかがいます。なお、せっかくの機会ではありますが、限られた時間で両人のお話をうかがい、質疑応答などを取る余裕もなく、続けてすぐさまこの会のメンバー一同と集中した座談会のときに移りますので、当日はこの研究会のメンバー以外の方々の来場は、残念ながら無理ですので、ご容赦ください。もちろんその日の会合も、のちに記録として他のメンバーの発題とともに、皆さんに紹介できるよう予定していますので、どうぞお待ちくださいますようお願いします。

 1月会合の次からは、各員の発題が続いていきます。既に次々回の日程と担当者も決めました。年に3人ずつ位の発題で、ちょうど3年間で全員の発題を終え、最後に全体討議の日も持ちたいと予定しています。原発の問題は、憲法改悪の動向とともに、抜き差しならない状況にありますが、あえてそうした今であるからこそ、緊急で個々に活動していることとは別に、長期戦で取り組み、将来多くの宗教者たちや信徒の方々に影響を与え、また市民たちの力となれるような準備も行なっておきたいと考えて、この研究会を始めています。どうぞ今後とも、応援をよろしくお願いいたします。

(ないとう しんご/日本福音ルーテル稔台教会牧師)




東アジア・ボンヘッファー学会2013 開催報告

平林 孝裕

10月10日から本財団法人も共催で、東アジア・ボンヘッファー学会2013が開催されました。二日間の全体協議会の外、関西バルト・ボンヘッファー研究会講演会(13日)、シンポジウム(同志社リトリートセンター、14日)、同志社大学公開講演会(15日)の関連行事を含め五日間の学会になります。ボンヘッファー研究会の呼びかけで、昨年春から準備が進められ、ようやく今回の開催に至りました。

 ボンヘッファーは、イエス・キリストの福音を信じ平和のため、ナチス政権に抵抗し僅か39歳で絞首刑となりました。今日、東アジアでは信頼よりも不信が、平和よりも対立が支配するように思われます。私たちの現在を顧みる時、困難な状況の中、平和――不信の中の「安全保障」でなく――のために働いたボンヘッファーに学ぶ所は大きいはずです。そのような意図の下、韓国・中国・香港・台湾のボンヘッファー研究団体に学会開催を呼びかけました。

 学会には東アジア各国からの研究者が参集し、またドイツからドイツ・ボンヘッファー学会会長クリスチアーネ・ティーツ(チューリッヒ大学教授)が基調講演に招かれました。全体会はルーテル学院大学(東京・三鷹)を会場に、江藤直純さん(ルーテル学院大学教授・ルーテル神学校校長)による開会礼拝の後、トリニティー・ホールで講演会・協議会が二日間にわたる日程で実施されました。ティーツ教授の特別講演「ボンヘッファーの宗教批判から、今日学ぶこと」では、彼の宗教批判がキリスト教信仰のためにもつアクチュアリティを学びました。

 東アジア各国からの参加者による発題は、二日間にわけて行われています。一日目午後に、中国からの参加者であるリュー・インヤさん(アイスランド国立大学研究員)は「神学的社会倫理としての非宗教的キリスト教」で、ボンヘッファーの非宗教的解釈をてがかりに対話・コミュニケーションの神学的課題を強調しています。また、韓国ボンヘッファー学会代表であるユ・スクスンさん(ソウル神学大学総長)は、発題「ボンヘッファーと東アジアの平和」において罪責の認識と告白の問題をとりあげ、ボンヘッファーの平和思想が日・中・韓における平和実現に果たす重要な意味を鋭く論じられました。

 二日目の午前に、香港から参加したジェイソン・ラムさん(漢語基督教文化研究所研究員)が「近年の漢語キリスト教神学におけるボンヘッファー思想の意義」との題で、中国におけるキリスト教受容の課題を文化的受容と信仰告白的受容の緊張として報告されました。日本を代表しては、山ア和明さん(四国学院大学教授)が「ボンヘッファーの遺稿『倫理』から〈平和の論理と倫理〉は導き出せるか」と題して発題し、抵抗権行使におけるボンヘッファーの保守性の正当さを弁証しています。台湾からの発題者であったワン・イェンエンさん(台南神学院講師)は都合により欠席となったため原稿「濁流の中の澄み切った心―今日の台湾でボンヘッファーを読む」が代読され、台湾の政治的困難の中で読んだボンヘッファーとの出会いが語られました。そのような体験に基づいた、「他者のため」という彼のメッセージに傾聴すべきであるとの指摘は、発題者の不在にもかかわらず、参加者に深い感銘を与えました。

 二日目の午後に行われた全体討議では、ドイツの戦後の罪責告白との比較で日本における歴史認識が問われ、厳しい議論が交わされました。一日目に69名、二日目に46名の参加者を得ました。相互の交流・対話さえも停滞している現況で、東アジアの研究者が一同に会し真摯に議論しえたことが何よりの成果であったと言えるでしょう。直前になって来日予定であったパク・ソンジュンさん(キルダム書院院長)が出席を見送られるという残念なこともありました。パク先生の健康の回復を願うと共にこの会をきっかけに東アジアにおいてボンヘッファーの神学がさらに深く受けとめられることを願います。

(ひらばやし たかひろ/関西学院大学教員・TCC運営委員)




寮生から 閑静な国際的な家
  李 慧

 かつて友達が山上国際学寮に住んでいた時、私は初めてこの寮を訪れました。最初の印象は閑静なところで、穏やかな雰囲気の中にけっして狭くない部屋がありました。共同キッチンでご飯を作る人の姿も見ました。当時一人暮らしで、寂しかった私は少し後悔しました。早くこのような寮を申請すれば気楽な生活が始まっていたのかもしれませんね。

 私が寮に入ったのは2011年11月でした。すぐ冬になって、寮では部屋が温かくて、キッチンの洗い場の水も温かかった。12月のクリスマスパーティーでご馳走が出され、ケーキや温かいものをたくさん食べました。フラダンスをしていた方の姿を見て自分もダンスをする意欲が出てきました。最後はおなかも一杯になり、満足して部屋へ戻りました。

 お正月の書道体験は私にとって特別な体験でした。中国で楷書を練習したことがありますが、日本のかな書道は初めてでした。草書を練習した経験が少ないので、かなの線状の把握は私にとって難しかった。一日の練習で上手になるわけがないですが、練習していた周りの方々の姿を見て感動しました。その年に論文を出せるよう祈りを込めて真剣に書いている人、吉祥な言葉を楽しく書いている人、お手本通りに素直に太線で書いているお子さん、あの場で皆様の熱意がわいていたことを感じました。

 毎年定期的に寮の活動があります。お琴の体験、近くの散策、講演、無料の招待など、いろいろな側面から留学生たちに日本社会に親しむ機会が提供されています。このような体験は、どんな程度の交流でもご縁とつながっています。体験によって私たちの留学生活は多彩になっていきます。

 異国の生活が原因ではなくて、この世の中に寂しいときは常に存在しています。寂しいときに温かい場所を探せば気楽に生きることができると思います。寮は静かですが、本当に温かい場所であると思います。私には宗教の信仰はないですが、所長岡田様の言葉はまだ覚えています。私たちは弱さを自覚して生きるときに、お互いに助け合う気持ちが起こり、真の強いきずな、新しい関係が生まれるという話です。今夜も三日月が閑静に大地を照らしています。私たちはいつも多くの方から恩恵を受けています。いろいろお世話になっております。

(り けい/寮生)  




「生か忘却か〜〈ヒロシマ〉を問う旅を続けて」 山上国際学寮国際理解プログラム 天野文子さん講演会報告(7月13日)

  岡田 仁 

   山上国際学寮は、毎年夏に被爆者の証言を聴く集いを開催しています。今年は、天野文子さん(日本バプテスト連盟信徒)をお迎えし、貴重なお話を伺いました。

 8月6日、原子爆弾が島病院(広島市中心部)の上空で炸裂。当時14歳だった天野さんは、学徒動員で市の郊外の工場に勤務中でした。その日の朝、島病院に入院する予定だった兄に、母と一緒に付き添いをする予定でしたが、病院長不在のため延び、爆心地(グラウンドゼロ)での被爆をかろうじて免れました。変わり果てた町を見た天野さんは心の中で叫んだといいます。なんだ、戦争ってただの人殺しではないか。国が謳う「聖い戦争(聖戦)」なんて嘘だ!

 敗戦から二年で小学校助教諭に。その後、教会に導かれ、西南学院で学び幼児教育の道へ。原爆を落とした人たちへの憎しみ。でもその気持ちを持つことは心の中で爆弾を作り続けることになると気づきます。原爆から生き残った者が沈黙することは許されないと、ニューヨークでの国連総会(78年)を皮切りに、ピースボートの水先案内人など世界各国でヒロシマを問う証言の旅を行なうのです。天野さんの平和の旅は、日本のアジア侵略の歴史と向き合う和解の旅でもあります。講演後、ご持参下さった多くの平和活動の資料や著書、横断幕などを拝見し、国境を越えて人とつながることの大切さを改めて教えられました。最後に、C.オーバンビーさんの「憲法九条を地球憲法に」する活動も紹介され、グラウンドゼロから九条へ/地球上から核をなくすこと/世界中の子どもたちに平和を、これが私の使命です、と。自分の言葉で語り、平和と愛の祈りを実践することが、証言を聴く私たちの応答なのでしょう。

(おかだ ひとし/総主事・山上国際学寮所長)   






富坂子どもの家

金子 恒一

 厳しい夏の暑さや台風の大風にも負けず、子どもの家には元気に子どもたちが登園して来ています。この夏は園庭でのプールが大好評で、なかなか教室に戻りたがらない様子でした。都心の真ん中にありながら小さな箱庭のような富坂の園庭で、青々とした小さな緑の森が、今は一変して葉の色が変わって落葉し、これを一つ一つ手にとり、豊かな季節の移り変わりを感じながら楽しく過ごしています。またこのところ文京区以外からご利用を希望されるご家族が多くなりました。地下鉄や車等での登園は大変なことですが、せめてここでの時間が、子どもたち一人ひとりにとって生涯掛け替えのない場所と時間になることを願っています。

〜2014年度利用者募集についてご案内いたします〜
〈富坂子どもの家〉
◆キリスト教精神に基づく保育…ひとりひとりかけがえのない存在としてたいせつにされ、個性を尊重し合いのびのびと育ち合える保育を目指します。
◆乳幼児期に大切な五感を使う経験の場…お子さんが「自分で選ぶ」「自分でやり遂げる」「困ったことを解決する」力が育つ手助けをモンテッソーリ教具教材等使いながら保育します。
◆安心できる居場所…お子さん、保護者の方が安心できる「子どもの家」となることを目ざします。
◆学び合いの場…子どもの成長から学び、保護者の方とスタッフも共に学び合い成長できる場を目指します。また、地域の方々、関連機関の方々との交流、情報交換、講座の開設などにより、地域に開かれた場であることを心がけます。

〈モンテッソーリ教育とは〉
 モンテッソーリ教育は約100年前にマリア・モンテッソーリ(イタリアで最初の女性医学博士)により考えだされた教育法です。モンテッソーリは「子どもは、人・物両方の整えられた環境の中で安心して、意欲的に集中して活動し心と体を育てていく」ということを発見しました。「子どもの家」では、保育室にモンテッソーリ教材を中心に準備します。大人は子どもの遊び・日常生活のようすから、それぞれの興味、関心、個性、特性を把握します。子どもはやってみたいこと、好きなことを分かってもらえて温かく支えられていることを感じます。その安心できる雰囲気の中で「ひとりでできるように手伝って」と周囲に伝えられ、自分らしく主体的に日々過ごせるでしょう。幼児期の子どもはだれでも「自分でやってみたい」「できるようになりたい」と強く願っています。その時期にこそ楽しみながら心と体を動かし「じぶん」という人格の基礎を築いていけるのです。「子どもの家」では個別療育ではもちろんのこと、小集団の中でも自己活動にじっくりとりくみ、人や物へと自信を持って関わることのできる子どもの育ちを支えていきます。

〈募集要項〉
◆対 象:2歳児から小学校入学前のお子さんで、発達がゆっくり、発達に偏りが感じられるなどの気がかりなところのあるお子さん。
◆時間帯:午前9時から午後3時までそれぞれのお子さんの必要に応じて個別療育と小集団療育の日程・時間帯を決めていきます。保育園・幼稚園との併用も可能です。
◆内 容:「児童発達支援計画」に基づき(お子さんのニーズに合わせて作成いたします)、個別療育と小集団療育の二つの柱で療育を行います。
・個別療育は45分間、保護者同席のもと行います。
・小集団療育は、母子分離で4時間過ごします。10名以下の小集団で活動します。
・安心できる場所と安心できるスタッフのもとでお子さんは自信をもって主体的に物や人と関わることができます。
・専門スタッフによる各種アセスメントをいたします。よりよい支援のために臨床発達心理士による発達検査、言語聴覚士による言語評価を必要に応じて行っています。

 

(かねこ こういち/法人事務局長・施設長)   




命の神よ、私たちを正義と平和に導いてください WCC釜山大会報告

三村 修

世界教会協議会(WCC)第10回大会が、10月30日から、11月8日まで、韓国の釜山で開催された。大会の主題は、「命の神よ、私たちを正義と平和に導いてください」。

 WCCの345の加盟教会から、800人以上の代議員、また諸団体から575名以上のオブサーバーやゲスト、各国から1000人を超える一般参加者が集まり、この大会を受け入れるために、1000人を超える韓国の人たちが関わり、また、300人を超えるスタッフや通訳者が関わった。

 一日の基本的な時間割は、朝8時30分から9時まで、朝の祈り。その後小グループに分かれて、一時間の聖書研究。一つのグループが7〜8人。世界各地から来た人々と共に聖書を読んで分かち合う。その小さなグループがWCCの縮図となる。休憩をはさんで、全体での学習会が90分。「大会主題に関する全体集会」、「アジアに関する全体集会」など、日毎にテーマが変わる。

 昼食をはさんで、本会議。夕方、4時15分から90分、今度はテーマ別分科会、「エキュメニカル・カンバセーション」が持たれる。「エキュメニカル運動」「教会」「聖書」「社会倫理」「祈り」などテーマ別に21の分科会が用意されていた。私は富坂の指導者養成プログラムに一番関係ありそうな、「エキュメニカルなリーダー養成」についての分科会に参加し、刺激を与えられた。夜8時から、韓国教会が交代で担当している夕べの祈り。  会場には、世界各地の教会や、教会関係団体の展示コーナー(マダン)が用意されていた。その中の一つに、自然災害に対して、教会が一致して取り組んでいる活動の紹介として、東北ヘルプのコーナーがあった。

 11月7日の木曜日には、日本キリスト教協議会が主催する憲法9条に関するワークショップがもたれ、沖縄から普天間バプテスト教会の神谷牧師が発題した。今回、日本から代議員で参加した人々は、原発や核の問題が世界の共通の課題として取り上げられるよう奮闘した。マダンやワークショップ、礼拝説教や祈りにおいて、具体的重要問題が取り扱われていても、世界教会全体の課題となるまでには時間がかかる。エキュメニカルな場での、対話する力が求められる。それは、また、私たち一人ひとりが、それぞれの現場において、求められていることでもある。

(みむら おさむ/教団佐渡教会牧師・TCC運営委員)   




 



「ISJP日本における異なる宗教間研修」

金子 恒一

NCC宗教研究所主催「日本における異なる宗教間研修」が9月中旬に6名の研修生を迎えスタートし、うち2名は期間中当法人別当町会館(京都市左京区)に滞在。その一人ブリサブ・ズパリック氏は、ミュンスター大学のIT技術者の傍ら博士課程に在籍、研究テーマは「明治期におけるロシア正教会の宣教活動」。当時日露戦争などで揺れ動いた激動の時代を挟み、ロシア人として唯一日本国内に留まり日本人信徒のために奮闘したニコライ主教は有名だが、その派遣元ロシア側からの視点で、日本に宣教師を派遣した狙いや、また実際の日本のロシア正教会や日本政府とやり取りの実際の経緯等、日本人の人間関係の築き方や距離感、精神構造など、欧米人のそれとの一般的な比較研究も織り交ぜながらまとめていきたいとのこと。なんと論文はロシア語で執筆中。そんな彼にとってこの機会に実際に多くの日本人と接することは自身の研究に大きな深みを加えるであろう。もう一方トーマス・リンケ氏は大学修士課程で神学を研究。この後数年の現場実習を経て、ドイツで高校の宗教科教師になり多くの青年の前で教壇に立つ夢をもっている。研修は12月で終了するが、彼は2月まで滞在し国内各地を旅して周る。きっとこの経験も将来彼の指導者としての働きに大きな影響を与えることになるであろう。

(かねこ こういち/法人事務局長)





「東京モンテッソーリ教育研究所」

金子 恒一

富坂キリスト教センター2号館は、教育や福祉に関連する様々な市民団体やNPO団体が活動拠点としている。東京モンテッソーリ教育研究所はその一つ、「本養成コースの目的は、就学前教育を行う諸機関、すなわち幼稚園、保育所、発達支援施設、子どもの家などにおいて、モンテッソーリ教育の実践に当たる教員を養成することにあります。本養成コースの特徴は、モンテッソーリ教育の教育理念を基本として現代の教育学、心理学の潮流をも視野に入れながら、モンテッソーリ教育の理論と実践を調和的に学ぶ点にあります。本コースは、モンテッソーリにならって、『子どもの魂の中に眠っている人間を呼び覚ます』ことのできる教師の養成を目指しています。」とあるように、主として幼稚園や保育園に勤務する教師たち等を対象に、通学(夜間)の2年間のプログラムを提供、修了後にはモンテッソーリ教員としてのディプロマ(免許状)を付与している。日中の幼稚園・保育園での勤務を終えた先生たちが教室に集まり、モンテッソーリ人間学、教育原理、統合教育等の講義の他、感覚教育や言語教育等の実践科目(写真参照)に取り組み、卒業後はモンテッソーリ教育の実践家として各地の幼稚園や保育園等で活躍している。

〜2014年度生募集要項〜
出願資格:幼稚園教諭・保育士(保母)資格、あるいは小・中・高・養護学級等の教員資格を有する者か、2014年3月に上記資格を有する者。
出願期間:2013年12月2日(月)〜2014年1月15日(水)。
〜詳しくは、特定非営利活動法人東京モンテッソーリ教育研究所
http://ti-montessori-e.main.jp/までご連絡ください。
(Tel)03-5805-6786 (Fax)03-5805-6787 メール:info@montessori.or.jp 

(かねこ こういち/法人事務局長)

    


編集後記

 プロ野球日本シリーズには、例年以上の注目が集まった。仙台拠点の球団創設時はやや寄せ集めのチームという印象がぬぐえないところがあったが、年を追うごとにある程度の実績も出すようになり、そしてあの震災。以降、「東北」拠点の球団として、東北各地で野球少年達のみならず多くの子どもたちと交流を地道に重ねてきた。そんな選手達がリスクを恐れずに果敢に攻め続け遂に栄冠を勝ち取る姿に東北の多くの方々が涙したのですが、その涙が本当に何か特別な涙に思えた。さて今回より編集委員が相賀昇氏に代わり、三村修氏に。相賀氏へのこれまでの感謝と三村氏への期待を添えて。

(編集委員 金子恒一)


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